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『科学から芸術へ』記念講演会1

五井野正博士の7月29日札幌講演会、8月5日福岡講演会が目前にせまってきました。

初めて参加される方は、一体どんな話をされるのだろうと期待と不安が入り交じっていることと思います。
それは参加からのお楽しみということなんですが、実際に講演会をされた時の唯一の文章?がありましたので
掲載いたします。

五井野博士ファンの方でしたら、ご存じの方も多いかと思いますが、平成7年(今から17年も前になりますね)に発刊されました『科学から芸術へ』に掲載されている講演会の時の文章です。

読んでいただけるとおわかりになると思いますが、とてもわかりやすくユーモアたっぷりに幅広い内容をお話されています。

それでは以下に掲載いたします。


『科学から芸術へ』より


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アルメニア共和国国立アカデミー工学アカデミシャン資格授受記念講演会

1995年6月11日 江戸東京博物館大ホールにて


1.万有引力の法則を使ってアルメニアを近づける

今までは、浮世絵の世界で写楽の件とか広重の件とか北斎の件とか、昔から三大浮世絵師の謎と言われた写楽、広重、北斎の三大謎を一応全部解決したというのが今までの講演会でありまして…。

私自身、本来中学・高校時代は、ほとんど"科学”、"科学”、"科学”オンリーの私だったんですけれども、そういう意味で、どうして浮世絵、芸術の方になってしまったのか。そのことを私は、論文の中に書きました。

一般的に論文と言いますと、学説を述べる訳ですが、学説と言いましても自分の学説なんですけれども、その学説がまた非常に難しいと…。

ですから、こういう論文(論文の小冊子を示して)をもらっても、その時だけ見て、ほとんど読まないと思います

これでもなるべく薄くしたんですけれども、しかも、今までの論文と違って、中学生でも解るように書きました。もちろん、オバさんでも解ると思います。また、これを読んだ後、人生が変わると思います。自身を持って私は書きました。

そういう意味で、本来この本を読んだ後に来られると、非常に話が高度にまた、面白く話せるのですけれども、今日、初めて手にした人がほとんどだと思いますので、若干どういうことが面白いのか、どういうとこが違うのかを述べたいと思います。

まず”科学から芸術へ”ということですが、この論文は,英文翻訳している最中なんですけれども、これは、本来世界の科学者、アカデミシャンとか、科学アカデミーの方に読んでもらうための論文なんです

ですから、キリスト教だとか、非常に西洋的なもの、例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチだとか、そういう人々を取り入れて、レオナルド・ダ・ヴィンチの謎や、何故、優れているのかということを書いてあります。

これが海外ではどういう反響があるのか、非常に楽しみなんです。国内では絶対の自信を持っております。読み始めたら面白いと思います。

まず、アルメニアという国についてお話しますと、アルメニアは大正14年まではアルメニア共和国として実は日本に領事館があったのです。

その後にソ連邦に吸収されまして、国として忘れ去られてしまったのですが、最近アルメニア大地震として、ソ連の一つの地域として印象に残っていると思います。

それが今から三年前、平成4年に独立しまして、その一周年記念に招待されたのです。ですから、アルメニアはソ連との今までの関係からアルメニアの人たちの生活感覚はややソ連と同じだと思います。

ですから、これからお話することは、アルメニアの人たちに解ると思います。

20年程前に、ソビエトに行きましたが、日本でパンというと、色々なのがありますね。あんパンもありますし、美味しそうなケーキもありますが、ソビエトでは給食に出てくるようなパンを硬くしてまずくしたようなものが、ガラスもない棚の上に無造作にポンと置いてあるわけです

そこで、棒みたいなものを刺して、自分の家から持ってきた袋の中に入れて、持って帰るわけです。

これは貧しいというよりもソビエトは共産主義ですから唯物主義的な面が強いわけです。その上に民生よりも国家中心思想ですから、軍事面を重視するために生活感覚が軍人感覚なんですね。

そして、それを支えているのが科学力なんです。ですから科学者の力というのは大きいのです。科学者にはそういう大量生産のパンがいいんですけれども。。。、

研究所の科学者なんかビーカーでお茶を飲んだり、そういうようなことをするのは科学に埋没した人にとってはいいんでしょうけれども…。でも、シアンとかサリンが入っていたりしたら大変ですが...。(会場笑い)

パンにしても、資本主義というよりも、我々食に豊かな人たちはそういうパンを食べるかというと、食べませんね…。

すると、そういうパンを作って喜ぶ国はどういう国かというと、”物のない国”、”貧しい国”となるわけですが、そういう国にとっては社会主義、科学主義はいいんでしょうけれども、ある程度豊になってしまうと、やはりそういうパンは”まずい”と…。

見た目も悪いし、たとえ一個10円であろうと、300円のチーズケーキが食べたいと…。科学は結局こういうデコレイトした芸術に負けてしまうと、そういうことを冒頭に述べているわけです。

もちろんソビエトは貧しくありませんが、あまりにも軍事力に力を入れすぎて、民間の生活レベルを考えなかったんですね。

今まで教科書で学んだ事は、科学は全てを作ることが可能で、プラスチックを作っても、いろんな物を作っても、科学は常に新しいものを作ってくれるわけです。しかし、作った物をそのままの形では、全くダメだと思います。

例えば、フランスという国では、それをデザイン化して、ファッション化して、あるいは芸術化してやると、当然そちらの方が高級イメージで、高く売れるわけです
単なる物の生産では売れなくなってくるわけです。

結局、科学より芸術の方が今のソビエトにとって必要なんだと、そういう意味を込めて今回このようなタイトルで書いてみたわけです。


※ソ連:旧ソビエト社会主義共和国連邦
1991年12月25日にゴルバチョフ大統領が辞任。各連邦構成共和国が独立したことでソビエト連邦は解体された。ソビエト連邦崩壊とともに現在のロシア連邦が成立し、エリツィンが大統領に就任した。
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この後、数式の話から『妬みの法則』など面白い話が次々と続きます。

(続く)


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科学から芸術へ2

五井野正博士の著書『科学から芸術』の中では、経済面において「科学」だけに頼って生産をした場合と「芸術」の力で付加価値をつけた場合の違いについて書かれています。

当然、文化、芸術という付加価値をつけたほうが価格も高くなるため、経済は安定しますが、文化、芸術を無視して科学だけが発展した場合、大量生産によるコストダウンが原因で経済が停滞し、最終的には戦争が引き起こされかねないという事が過去の歴史から学ぶことができるという理論です。

歴史を見ると確かに不況が起こると戦争に突入することを繰り返しています。今も世界的な不況に突入しているからか、各地で武力衝突が続いています。

テレビ1つとっても、機能ばかりが先行して、文化的、芸術的という商品とはほど遠く大量生産による価格破壊が行われ、生産メーカーも過去最大の赤字を出しています。
逆に付加価値の高いパン屋さんが、倒産するという話はあまり聞かないかもしれません。


以下、五井野正博士の論文の内容をまとめてみました。

「科学」と「芸術」とは、おおざっぱに言えば、
「科学」は事実を客観的に数値や数量としてとらえ、
「芸術」は事象を主観的に表現や形象として表す。
2つとも人間生活に最も重要で、相互に関係し合っている。

現代ではパン一つとっても、科学の力なしには口にすることができないほど科学が日常生活に入り込んでいる。
科学的には単なるパンだが、現実的には様々な形や色づけをデコレイトしたパンが口に入っている。このデコレイションしたパンこそが芸術の分野である。

私たちは科学的な世界のみでつくられた均一的なパンを排除し、芸術の分野が加えられた付加価値的なパンを高い値段をだしてでも喜んで買っている。

その上積み価格は1割、2割でなく2倍、3倍、時には数十倍にもなる。
素材食料をを2倍、3倍に増産するより、いかに付加価値をつけるかが経済的効果を生み出す。素材食料を2倍に増産したところで、需給バランスが崩れて、価格の暴落が起こり、生産者が経済的に困窮してしまう。
生産量が減少すると素材食料が値上がりし、貧困層に大きな生活的困窮を与えることになる。付加価値を払って加工食品を買っている人には素材食料の値上がり分が吸収され、それほど影響は受けない。加工食品を作っている二次生産者の利益が少なくなるだけ。

文化や芸術は経済のクッションの役目を果たし、素材製品や素材食料の増産と共に発達し、減少と共に衰退する運命。その素材製品や素材食品の生産に科学が大きく関わっていて、付加価値を付けデザインされた文化製品、デコレイトした食品には芸術性が大きく関わっている。
付加価値を付けることで、生産物の増大や減少に大きく影響を受けることなく安定した経済状態を作り出している。

このような国々では、生産物の増大よりは、芸術面の発展こそ経済の発展を促す。
歴史からも富の増大と共に文化、芸術が発達し、富みの減少と共に文化、芸術も衰退していく。
逆に考えれば、文化、芸術の発展なくして富みの増大はありえない。
文化、芸術のない生産物増大は価格の暴落と流通性のない商品の氾濫となって、経済不況になる

つまり、文化、芸術のない科学の発展は、社会生活の不安定、経済状態の停滞という状態を引き起こし、そのことが戦争への道を歩ませる大きな原因となってしまうこの因果関係をしっかりと頭にたたき込まなければ、科学が新しい世界をつくり、そのことが新しい経済活動をつくりだして国の経済と富みを増大を計るという科学神話から国民が抜け出すことは困難である


(続く)

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科学から芸術へ1

五井野正博士の著書に『科学から芸術へ』があります。
今から17年前の平成7年に出版された本ですが、「アルメニア共和国哲学アカデミー」を授与された時の記念論文が掲載されています。

なぜ科学から芸術なのか?
今のまま科学が進んでいくとどうなるのか?

昨年発生した、東日本大震災により、優秀な学者?たちが絶対安全と言い切っていた原発事故が起きたことで、原発の危険性を身をもって感じることとなりました。
人間性、倫理観が欠落した科学者が、自然や環境を無視した研究を続けるとろくな事になりません。

津波の来る海岸沿い、しかも活断層の上に原発をたくさんつくり、廃棄物を処理することもできず、中間貯蔵施設は一杯になり、安全性が担保されないまま、政治判断で再稼働させる。

普通の感覚でいけば、安全性が確保できないものを動かすべきではないし、すぐにでも自然エネルギーに大きな予算をつければよさそうなものですが、利権に群がる人たちが政治家を動かしているため、民意は無視され、未だ原子力に頼ろうとしているのが現状です。

普通に考えたら狂っているのではないかと思います。

原発だけでなく、ありとあらゆる分野で、体や自然に悪い物が大量に生産され、CMに流すことで知識や感情に影響を与え、体に摂取し、それが原因で癌や病気になり、さらに薬漬けになって死んでいく….
過去から見ると、現在はそのような世の中になっているのではないかと思います。

博士は著書の中で「科学が進歩しているのではなく、技術が進歩しているだけ」と書かれています。

一体、何をどう間違えて、このような世界になってしまったのでしょうか。
そして、今後、この世界はどうなっていくのでしょうか。

(続く)

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