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磁極の移動と地球の大変動2

前回の続きです。地球の大変動への対処方法が述べられている『七次元よりの使者』第3巻で描かれた自然村が一体どんな村なのかをご紹介いたします。

月間『ザ・フナイ』2013年7月号vol.70より
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都会を離れた自然村の効能

そこで、第3巻を読んだことのない人にとってはその本にどんなことが書かれているのか気になるところだと思うが、”祭りの日”という項ではかなりレベルの高い自然村が描かれている。

もちろん、無農薬とか無化学肥料とかは当たり前の話で、ここでは動物と鳥と人間が互いに共存している世界が描かれている。小説ではあるが一部分を書き出してみる。


このお祭り広場より200m以上、上に登った所にヤギやニワトリなどの家畜が自然なままの状態で飼われていた。

広さは1万坪以上あった。もっとも自然な形、といっても廻は柵がしてあったが、それはキツネやイタチなどの外敵から守るのと家畜が逃げない様にする為のものだった。

中は公園の様に池があったり花が咲いていたり、鳥等のさえずりが絶え間なく聞こえている。人が入るとニワトリやアヒル等の小動物が寄ってくるし鳥でさえ楽しげに歌う。まるで童話の世界の様だった。

しかし、それには理由がある。ここではニワトリなどは食料として飼っていない。

一つの自然循環の一部分の働き手として、雑木林の間に埋もれた落ち葉の下に生息する小虫を食べ、排出する糞が落ち葉を発酵させて土に栄養分として転化させ、三ヵ月位たつとそこに野菜等の作物の種を植えて生育させるのである。

人とニワトリの和である。

ニワトリが死んだ場合、丁寧に葬る。その様な気持ちがニワトリに通じるのだろうか。ニワトリの糞は作物にとって良い栄養となり実も大きかった。

つまり、何よりも気持ちの循環を大切にしたのである。

ところがこの様な実験が様々に効果を表した。

「今日、公園を歩いていたら、鳥が俺に何かを語るようにしてさえずっていたよ」

「やあ、俺もだよ。いつものタマゴ拾いをしていたら、俺のすぐ一~二メートル位の近くにスズメが飛んできたんだよ。そして、俺の後を一緒についてくるんだよ。嬉しかったなぁ」

その様な言葉が段々と聞かれてきた事だ。これは何にしても大きかった。

(中略)

「許可証のことだよ。ただここでは荷物のチェックをされるからそういうシステムなんだ。つまり、ここからはまったくの自然の形で保存してあるから、プラスチックやゴミクズ類など、もちろんビンや空き缶類は持ち込み禁止なんだ。その為、許可証があっても一応、荷物の検査があるんだ。けど省略して今はしてないけどね。もっとも中に監視員がいて、少しでもゴミ類を見つけた場合は当分の間は厳しい荷物検査が行われるよ。だから許可証を持っている人はそのことをよく知っているから絶対に捨てないけどな」

「随分厳しいんだな」

「いや、当然なんだよ。捨てる事自体、誰かが拾わなければならないんだ。他人の事を考えたらそういうことはできないはずだぜ。
それに、ゴミクズを捨てて、もしニワトリやアヒルに被害を与えたら、それで人間と動物の信頼関係はおじゃんになる場合だってある。ましてや空き缶なんかはスズの毒で土壌汚染になって公害のもとになる。
第一、ここじゃ、イエローカードに似たブルーカードを持っていなきゃあ、立ちションも厳禁なんだ」

「そりゃあ、どういう事だい」

「イエローカードは注射証明書の事だろ。これはコレラや種痘等の危険な病原菌を持ち込まないた為に必要なことと同じく、このブルーカードは毒物を体内に持っていないという証明書なんだ」

「毒物?」

「つまり、今、我々が食べたり飲んだりしている物は人工色素とか化学肥料や農薬や合成保存剤だとか、ともかく有害なものばかり食べているだろう。それが全部排出されないで少しづつ体内で蓄積されているんだ。そんな身体だと糞も小便も汚染されているだろう。せっかく、この自然な土地で農薬も化学肥料も使わないで野菜や果物をとったりしたって、結局、誰かがここで小便でもすれば、それが廻り廻ってここでとれる野菜等をみんなが食べているんだからみんなにはね返る。それで又、小便でも」

(中略)

ここのニワトリはまったく汚染させていない状態で飼っている。と言うのは初めはこの自然公園の下の方でヒナの時から同じく自然な形で大きく育て、そのニワトリから生まれたヒナを今度はこの大きな自然公園の方に移して育ててきているからである。

まるで業で身動き出来ない人間を惑星感移動で、あるいは大陸移動で段々と浄化させていくかつての方法に似ていた。

「ニワトリにも人間と同じく霊魂はあると思うんだ」

「そうだよ。マエダ。どんな生命にもみんな霊魂はあるよ」

「そうだよな。だから世間じゃ、ニワトリを単なる食料あるいはカネを得る手段として鶏舎の中にたくさん飼って蛍光灯で昼夜を作ってタマゴをどんどん日に二個も生ませて死ぬまで薬づけをしたのをどんどん食わせて何とか市場に売る。
だから消化しきれないのや毒なのが体内に蓄積されてそれを我々が食べるんだからな。人間の胃袋はニワトリよりも毒にも病原菌にも消化力も強いのかね」

「本来の人間ならまだしも今の人間は無理だね。それにブタも牛も薬づけみたいだね」

「ああ、食べ物という食べ物はな。だが、ニワトリだってブタだって生命だと思うんだ。だから、人間が欲の為にその様に家畜を過酷に扱えば必ずしっぺ返しを受けると思うんだ。報われない家畜の霊魂が人間に取りついて奇病や奇行をさせたり事故を起こしたりね」

「それはあるね」

「そうだろ。だから、こうして家畜を大事にして共存共栄で生活するやり方は一つの浄化でもあると思うんだ。それにニワトリなんか死んだらちゃんと埋葬してやるしね」

「マエダ。そこなんだ。この事をヒマラヤの聖者達は忘れていたんだ。真理ばかりに傾いて気持ちを忘れてしまっているんだ。そうして何もしないで長い年月を経ているうちに今度は自分達の所にも資本主義の波が押し寄せて場所をどんどん失っているんだよ。かつてのマヤやインカの文化の様にやがて滅びる運命にあるんだ



という内容だが、今日では小説として特別に目新しい内容の話ではないように感じられると思うが、33年前の1980年(昭和55年)の小説である。まだ農薬や化学肥料の野菜や果物の問題点が、現在ほど意識されていない時代の頃である。

しかも、この小説に描かれているような世界が「自然村」として実際に、西伊豆の松崎町に「若葉の里」として造られ存在していた。ニワトリやウサギに囲まれた自然農園での生活は『ウイッピー文明』第18号(昭和55年5月17日号)などに写真入りで紹介されている。

『七次元よりの使者』を読んだ読者たちが、ここで心身共に健康になって人間らしさを取り戻していく姿は本当にうれしく、また楽しかったものである。

そして、ヒナを孵(かえ)さないと言われた人工品種の白色レグホンがここでは野生に戻ってヒナを孵し、第2世代、第3世代を生み出し、ニワトリが人を見つけると喜んで人の肩にとまってくるほどの、人間とニワトリの共存世界がここに生まれたのである。

ニワトリは何を語るか?!読者はここで食物としてのチキンを見つめるのではなく、生命としてのニワトリを見つめるのである。それゆえ、第3巻とは単なる空想の小説ではない

それゆえ、第3巻は当時の新聞やテレビ、月刊誌などに大きく特集された自然村からの現実的な話を加えて読者に対するメッセージでもある

都会を離れて、この小説に描かれた場所のようなところで心身共に健康状態になっていかなければ、アセンションはもちろんのこと、宇宙にも行けないのは当然の理である。

わからない人は、この小説第3巻発行から28年後に出版された『私はアセンションした惑星から来た~金星人オムネク・オネクのメッセージ』をお読みください。その本の105ページ目に金星人たちがどうやってアセンションできたかが書かれているから参考になると思う。

そこには、ある日、都会から一斉に労働者たちが衣類、食料、そして田舎で植える野菜の種だけを携えて山村に行進したことが書かれています。

この行動によって都会に住む権力者や金力者たちは一変に貧しい無力の者となってしまったという訳です。

都会を出た人々はまず、それぞれの家族が自活できることから始めて人工肥料や化学肥料を一切使わずに生産性ある土壌作りを10年近くかけてやっと安定した生活ができるようになったということです。

しかも、大事なことは至高なる神性の普遍の法則を理解し、実践した生き方をしたということです。

もちろん、ここにはニュートンの重力理論やアダム・スミスの資本主義的な考えは存在しません。

その結果、貪欲や怒り、虚栄心や物質的なものへの執着心が無くなり、より精神的な存在へと自らを高めて終にはアストラル界に移動したということなのです。

このメッセージの本を真実と読むか、単なる作り話として読むかは読者のレベル次第であるが、少なくともウイッピー運動のふる里村造りの効能の裏付けをこの本が示しているということだけは事実である。

自然村への移行の前に、誤った科学世界の中に埋没した人間が人間性を取り戻すためには、都市文化を捨て、もう一度、弥生時代と呼ばれる自然生活の中に立ち戻らなければならないという考え方と信念がまず必要になってくるだろう。

私にとって科学や化学をマスターして、その誤りと問題点に気付くのは、誰よりも相当に早い時代だったから、都会生活の中にいても人間性を失わず、高校卒業後、早い時点で自然の中で生活するようになった。

例えば、私が大学課程の『化学』を手に入れてマスターしたのは、隣の家に住む東工大の大学生から私がその本を中学1年か2年の時にもらったことから始まった。これによって公害や食品添加物、サプリメントや薬などの正体を知って、その危険性を中学3年の弁論大会で発表した。

しかしながら、生徒はもちろんのこと、大器晩成と評してくれた橋本先生も弁論の内容は難しくてわからないと言われて私を理解してくれる人が1人もいないことにショックを受け、中学を卒業したら愛犬と一緒に奥多摩の山奥にロッジを建てて、ありとあらゆる化学汚染から離れた自然な生活を本気でしようとしたのは既に本誌に記述してきた。

それゆえ、私の無農薬、無化学肥料の作物栽培の考え方は誰よりも早く、そして筋金入りなのである。

特に私は日本茶が好きだが、そのお茶作りには農薬が欠かせないのには大変困ったことだとずっと心配してきた。極端に言えば、お茶といっても染み込んだ農薬を飲んでいるようなものである。

そこで、表面にかけられた農薬の茶葉のけずり葉を捨てるところを逆に集めて飲料ドリンクにした会社がバカ儲けしている時世に、私は主義主張以上の思いで親戚に無農薬の茶を作らせては全部買い上げて、ふる里村開発センターで販売してかれこれ25年位経っているがが、いつも売れ残りが出て赤字の事業となっている現状にいつも嘆くのである。

ところが、このお茶を毎日飲む習慣を作れば高速道路のインターなどで無料で飲めるお茶などはとても飲めないものでないということが皆さんにもわかって頂けるだろう。

それゆえ、無農薬のお茶も飲めない人間にアセンションなんて言葉は使わないでほしいと言いたい。

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皆さんは小説『七次元よりの使者』第3巻で描かれた「自然村」をどのように感じましたでしょうか。汚染された人間の排泄物にまで気をつけて自然や動物と共生している本来の「自然村」です。

ここまで行うのは、現実的にかなり難しいとは思いますが、小説から抜け出して、西伊豆の松崎町に「若葉の里」として造られ存在していたことは事実であり、当時はマスコミにも度々取り上げられています。

『七次元よりの使者』を読まれた読者が、都会を抜けだし小説の世界を実践することで、心身共に健康になって人間らしさを取り戻していくことができ、社会的にも大きな影響を与えてきました。

このように常に実践されてきているのが五井野博士の素晴らしいところです。

これが震災等の危機と何が関係あるんだと言われそうですが、お金や物に執着して都会に住んだままで、周りを危険なものに取り囲まれながら、不健康な食品を食べて、本だけ読んで防災対策をしたつもりになったり、あるいはアセンションと唱えても根本的な何も変わらないということではないでしょうか。

たとえるなら、火事になった家の中でずっと騒いでいるようなもので、まずは離れることが先決だと思うのですが…

とは言っても、仕事があったり、家族がいたりしてすぐには離れなられない方がほとんどだと思いますので、まずは8月4日の東京講演会に参加していただき、良く考えてしっかりと対策をしていただけたらと思います。

自戒の意味を込めて、まずは少しでも自然の中で心身共に健康にすることから始めてはいかがでしょうか。

結局、自然を無視しては人は生きられないという当たり前のことに気づかなければなりません。



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