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七次元よりの使者3

場面は変わってヒマラヤに移ります。

五井野正 著『七次元よりの使者 第0巻』より引用します。
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ヒマラヤのある場所・・・白い円柱形の塔が八千メートル級のヒマラヤ山脈を背景に天に向かってそびえ立っていた。中はガランドウであって白い石の階段が地下と天井を貫ぬいていた。


「海底王国よりついに二重のバランスシートスクリーンが地球に掛けられたな。あと残るは五つ」


「大師よ。この異変は何がゆえに起き何がゆえにこの異変あらん?」


「シュミーよ。善く聞け、この虚空界を離れて生命は実在し得ない。天上界の諸々はまだこの事を悟り得ない。彼等は地球が終わりだと言う。しかし、生命がある限り終わりはない。彼等が終わりだと思った事は実は始めであって、始めは又終わりであり、終わりは又始めなのだ


実にその中間状態こそが久遠なのだ。この久遠の中に様々な原因があって様々な相と様々な性、様々な実体と様々な力、様々な作用に様々な縁、様々な結果に様々な報われ、それらがみな関係し合い一体となって秘められている。それが顕われた世界が如の世界である。すなわちエーテル界である。


ここに全ての現象は記録されている。これをアカシック・レコードとも言う。これに依ってどんな昔の世界であっても今の様に見る事が出来る、シュミーよ。善く見よ。この大いなる光は親太陽である。」



シュミーの前に立体スクリーンが顕れてその中に輝く白色光の光が顕れていた。


「この親太陽から、二つの光が発せられたのを見るがいい。二つの目とも言うべきこの二つの光の一つは、水を表す海王星であり、もう一つは火を表す今の太陽である。海王星の光は青く太陽の光は赤い。この海王星より生命が生まれ、人類が生まれたのだ。ここには始めは低級な生物体は生まれていない。先ず高等な生物体から発生し、条件が段々安定してくると低級生物体が顕れ始める、決して進化論ではない


人類はどんな環境の中においても生存する英知を持っている。これは他の生物体にはない事だ。海王星は天王星、初期の土星が生まれた第三軌道の時に大爆発してしまった。これは最初の人類は今の人類よりも高等な能力を備えて惑星自身も制御する事が出来ていたのだが、長い時間の中で安定した生活環境が逆にマンネリ化を生み人類は段々と自己的世界観を持ち


彼等の偉大な力が逆に海王星の廻りに異常な磁場うず巻を造り、それを予見した一部の海王星人類を除いては残りの堕落人類は海王星の爆発と共に滅んでしまった。この爆発の後、海王星はその質量を減らして第四軌道に入ったのだ。


シュミーよ、かつて言った事があるが今の太陽は太陽自身の姿ではなく、水星の軌道の中にもう一つの惑星がありその惑星はいまだ固まらず、ガス状になって太陽を取巻いている為に我々は見かけの太陽を見ている事を。」



「大師よ、私は聞いております。そして、今またもう一つの惑星が生まれようとしている事を。」


「その通りだ。シュミーよ。それと同時に海王星は太陽軌道を外れて再び爆発してその質量を太陽に帰しようとしているのだ。しかし、その様な自然法則とは反対に海王星の外側を冥王星が太陽系の軌道に入り込んで海王星を内側に圧力をかけている。この為に、海王星は非常に歪んだ不安定な動きを示し、それが太陽にも及んでいる。それで今だに第一軌道の惑星は固まれず、海王星は老化現象の中で爆発エネルギーを蓄積している


このままでは海王星は太陽系の磁場の中で爆発しかねない本来宇宙には老化という言葉は無い自然の中では全てが自然法則にのっとっている為に若さそのままなのである


偉大な釈迦牟尼仏は生老病死について悟りを開く時に、最後に不老の悟りのみを残していた。シュミーよ、死を悟った人はどれだけいるだろうか?」



「大師よ、もともと死はなく死の苦しみはそのまま生の苦しみであります。昔より仙人と呼ばれた人達は皆不死の人達ばかりです。人々は生の中において業を造る為に輪廻を繰返し、その度に生死の苦しみを味わうのです。」


「その通りだ。シュミーよ。死などはもともとない。しかし、老はどうか?たとえ一千年一億年生きようと老いたる身なれば何の生の価値がありようかその為に生まれ変わって又、新しく若さを得ようとするけれども若きは若さの享楽を持って悟る事をせずに又老いて死の悩みを持ち始める。不老の薬こそ、不老の法こそ仙人の求めるものであった


釈迦牟尼仏は菩提樹の下でそれを瞑想していた時に、菩提樹の女神が顕れて


菩提樹は種の時も今この様にして青々と天にそびえた大樹の時も常に若々しく老いるという事はありません。ゆえに外から害されなければ死という物も、病という物もありません。”


との女神の言葉に悟る事があって、生命その物はもともと老いる事はない。人を害せずば又、人からも害せず、自然を害せずば又、自然からも害せられずゆえに死も病もないと“煩悩即菩提、菩提即涅槃”という縁起を知るのである。


シュミーよ。人間の生命のありかたは一体何か?それこそ若さを保つ鍵なのである。美は若さと共にある真理は若さと共に生きづくのだ。自然と一体でない時、それは不調和そのまま、つまり老化なのだ


我々が老いる苦しみを受けるのは海王星の苦しみそのままなのだ。これこそが太陽系星人の待っている業なのだ。」


「大師よ。海王星人は今もいるのでしょうか?」


「今もいる。太陽系の原子人類、すなわち彼等こそ、海の王と呼ばれた龍族と呼ばれた人類なのである。彼等が北極は龍座に位置を占め、その信仰があった為そう後に呼ばれたのだが、彼等の星が爆発した時に善と悪に別れていてそれが今日に伝えられている白龍、黒龍の伝説なのである。


天王星が第三軌道に入り黄金期を迎えた時に既に自己中心的海王星人の影響を受けていて天王星は支配国家になっていたのである。天王星の衛星は無数を数え、それらは海王星の爆発のさいの残骸だが海王星人類にとって適した場所でありその様な国家的衛星は九十九を数えた。そして、その頃の見かけの太陽は木星であった。すなわちゼウスである。


やがて土星が人類の住む適した条件に入ると一部の人類達が降りた。これは神話として今も残されている。しかし、土星は重力が大きく違う為に肉体の構成が変化し、以前の様に自由に飛び廻る力を失ってしまい、土星の星そのものの物体的力に支配される様になってしまった

だがここでは物質が持つ物質的享楽があり、初めのうちは楽園の状態であった。しかし、ここでは自己的な考え方が段段と世界を支配し争いも起き始めた。ゆえに人間の倫理が説かれ、規律が生まれ、法的支配国家に移り変わってゆくここでの堕落者は自然的条件の厳しい火星に移されたり、後には地球に送りこまれたりしているのである。」



「大師よ。それはどの様にしてでしょうか?円盤に依ってでしょうか?」


「シュミーよ。例えば今おまえが死んだとする。どうなるのか?」


「大師よ。もし私が死んだとすれば肉体の私はこの地球の法則に依って自然に帰するのであって私は霊体となってなおここに留まるでしょう。」


「その通りだ。シュミーよ。同じ様にして彼等土星人が死んだとしても土星の要素である肉体は土に帰るけれども霊体は元の天王星人あるいは海王星人に戻るのである。もし天王星人が死んだとしても天王星の要素である物が天王星の土に帰するのであって霊体は海王星人に戻るのである。


つまり肉体は衣であって幾重にも着る事が出来るのである。ゆえに霊体を通して送りこむ場合もあれば円盤を通して送りこむ場合もある。その時のその人間の状態や送り込む宇宙人に依って違う。


ただ問題なのは自分が自分をわからないまま他の世界や又、同じ世界において転生する事は苦しみそのままなのである。だが個人の問題は太陽系全体の問題も同時に受けている。すなわち海王星の問題は今日そのまま太陽系の問題となっているこれが解決されない限り人々は大きな業の中でずっと苦しまなければならない。」


「大師よ。この原因は一体何なのでしょう。宇宙の法は争うという事はない争う物は自我の心のみと考えます。この太陽系の相はその前にある何かの争いの心そのままの姿だと思います。とすれば一体何の争いの心があったのでしょうか?」


「善いかな、シュミーよ。その通りだ。実はこれこそが帝釈天と阿修羅の戦いなのだ。この海王星に大きく影響を及ぼしている冥王星の外側に第十番惑星とも言うべきブラックホールが存在する為にこの事が起きているのだ。昔、このブラックホールに三つの星がその軌道を廻っておりその一つが今日の冥王星であった。あとの一つは既に光の水平線に入っており、もう一つは入りかけている。


このブラックホールとも言うべき星は過去において地球の様に美しい星であった。しかし、今日の地球と同じ様に自己的利益主義のみに働き核戦争を起こして、その軌道上を外れ、暗い宇宙空間に飛び出してゼロ次元に収縮している姿に変ったのである。


すなわち質量がそれ程大きくなくてもその星にかかる重力磁場が大きければブラックホール現象は引き起こされる。質量そのものは一定した重力磁場の中においてのみ計算されるものである。


シュミーよ、その星の最後の時も鉄の王国と呼ばれた時代だったのである。鉄は核反応の最終物質である。そして磁力の影響をもっとも受ける


冥王星はその軌道を太陽系に近づける程、ブラックホールに落ち込む危険から逃れる事になるが、その反面太陽系にこのブラックホールとの相互影響を非常に大きく及ぼす


しかし、冥王星に住む人々にとっては死活の問題である。彼等は無限地獄とも言うべきゼロ次元世界に落ちるよりはまだ業の中に生きていた方が良いと考えるのは当然であろう。彼等の太陽系の進入はそれまでの太陽系のリズムとは異とするもの当然、争いが行われ、これが長い戦いになっていた。これ以上の話は私の及ぶ範囲ではない。ただこの様な様々な原因に依って地球は今日の姿をとっているという事だ。」


大師はそう言って階段をのぼろうとした。


「大師よ。冥王星に人々は今も住んでいるのでしょうか?」


大師はその問に足を止めたが姿勢を変えずに言った


「シュミーよ。問いのままに問いをなしてはいけない。シュミーよ。それでは聞くが冥王星に今も人がいるとしたらどう思うのか?」


シュミーは黙っていた。


生命という物は形にこだわってはいけない。目に見える物だけが生命ではない。シュミーよ、盲でつんぼでおしの人がいるとする。その人は人間ではないだろうか?」


「いえ、大師よ。その人が盲でつんぼでおしであってもその人は人間と呼ばれます。」


「シュミーよ。その通りだ。その人がたとえ何も見えなくても聞こえないとしても我々はその人を人と呼び又、彼が何もしゃべれないとしても、その人の相や動きを見て何をしたいのか、何を言いたいのかが理解出来る。しかし、彼にはわからない。だがもし彼が心を持って心の中で世界を見つめたら私達がいる事を彼は知るだろう


その様にもし我々が遠いからと言って、見えないからと言って他の星に誰もいないと思ってはいけない彼等は我々を見て我々を人と呼んでいるからだ。地球人は今日、テレパシー能力を失っている。これは彼等にしてみればつんぼの様なものだ。又、第三の目の能力も失っている。これは盲の様なもんだ。


人間の持つ本来の能力は空間や物質的な物に依って障害を受けるものではない。すなわち人間は何処の宇宙でも適応出来る最高の表現体なのだ。我々地球人がこの様に宇宙から見れば盲でつんぼの様であっても心さえしっかりと持って心の中で見つめれば彼等よりもずっと豊かな人類と言えるのだ。この様な世界こそ弥勒が出現する世界なのだ。」



弥勒


シュミーは突然のこの言葉に息を切った。


心の世界でなければ弥勒は見えない。何故なら弥勒は幾十億年と心の慈悲行を続けている御方だ。我々が同じ様な心で見なければ弥勒も見えない弥勒は形ではなく、その様な心の顕れをそのまま姿に顕わしたものだ、心以外では見えない。ゆえに兜率天に住むと言われている。」


大師は再び階段を登り天井の間に出た。夕日の太陽は黄金色に輝いていた。


「今や東方の国、日本という国が太陽系を始めとしてさらに外側の宇宙から注目されている・・・」


「大師よ。私がかつて日本に行った時、コスモス総合研究所の若者達や石川雄一という青年に会いましたが、この事態をどう切り抜けるでしょうか?」



「さて、私にもわからん話よ。この二つの輪は龍神のなせる力。それにしても彼等若者達にこの様な力が加わると言う事は彼等はかつての太陽系人類の粗である海王星の方達かな。


シュミーよ。かっての善き海王星人は太陽系を始めとして様々な銀河系に通じている金剛界に逃げて海王星の爆発から生き延びたのである。今、地球上でも同じ様にして金剛界に入ろうとして密教ブームになってきたがこれはその頃の想念の残像現象が現れたと言える。だが今になって修業をしても遅い。既に末法。法のみあって証なし華厳の道は塞がれている法華の道のみ。これを彼等が悟かな。天界の者達には地球は救えぬ今度の異変は昔より知られていた事。ただの異変ではない。」



“ただの異変ではない。仏は無量劫においても会い難し、ただ一大事において出現するのみ


シュミーはその言葉を知らずと口の中に唱えた。

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(続く)


七次元よりの使者1
七次元よりの使者2


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