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『科学から芸術へ』記念講演会11

前回は、芸術の力で世界の頂点の人達を動かすことができるというとても興味深いお話でした。一般的に芸術と呼ばれている近年の抽象画とは、全然違う世界ですね。

それでは、1995年に開催されました五井野正博士のアルメニア共和国国立科学アカデミー工学アカデミシャン資格授受記念講演会『科学から芸術へ』より最終話です。

五井野正著『科学から芸術へ』より

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4.中国最初の文明国家"夏(か)"の話からウイッピー総合研究所の将来計画

この本をよく読んで頂くと、そういう話がスムーズに聞けるわけです。まだ皆さん方、教科書で作られた頭、地位なものですから、なかなかそれを否定することが出来ないのです。

でも、この本を読んで頂くと解ってくると思います。決して私がオカルト的にでなくて、科学的にやってきていることをね。

中国に「夏(か)」という国があった。私は7〜8年前から、この証拠物件をいっぱい持っているのですが...。台湾の故宮博物院の方が7年前に、これは本物だということで、大騒ぎになりました。

それで5年間秘すということで…、この「夏」という国は存在する。

私の知っているスウェーデンの学者、ベアウロン博士が、この「夏」の研究をしていて、「兎(う)ステップ」という、「夏」の兎王(うおう)という人が作り上げた色々なマジカルなものを研究しています。

何故、スウェーデン人がこれだけ中国のことに興味を示すかというと、あの甲骨文字を発見したのが、スウェーデン人です。

そして、アンダーソン土器といって、今から6000年前の古代最初の遺跡を発見したのも、スウェーデン人のアンダーソンという人で、この中国の歴史を発表することで一番研究しているのがスウェーデン人です。

そのスウェーデン人の東洋研究家のベアウロン博士と私は非常に親しいので、この「夏」という国が存在するということを、いずれ共同発表したいと思っています。証拠文献もありますし...。


この「夏」という説を主張している人は、中国の上海美術館と中華民国の国立自然博物館の館長ですが、今から6年前に来て証拠物件を見て、「これは全世界の宝である」といいました。

ということで、これもいずれ新聞に、とにかく日本の読者を納得させなければいけないのでね...。

いずれ「夏」という国が存在する。だから「夏」の国の次が「商」で、次が「周」です。

皆さんが教科書で学んだのは、「殷」「周」「秦」「漢」・・・と思います。

でも「殷」という国じゃもうないんです。「商」です。「商」の中間から「殷」です。

これから教科書に「夏」の国が出てきます。そして「夏」という国は当時、中国本土だけでなくて、トルコの辺り全部「夏」の国が存在して、そのトルコの辺りに地下王国が、その遺跡があって、「夏」の文献に出てくる。

地下にすごい空洞というか、地下宮殿があると…。メリック博士に話したら「聞いたことがある、それは存在する」と言ってました。

ですから古代、このような大きなユーラシア大陸全部を統一した「夏」という国があった。

そして伝説では、その「夏」の前に洪水があった。そして更にその前に戦いがあったと…。

そして洪水があって兎王という人が出てきて「夏」という国になったと…。この後、段々と現代の年代になって行くわけです。

このようなお話も講演会をした時に、それと同時に証拠物件も出して、新聞も世界的に出してやっていくでしょう。

そういうようなことを考え合わせても、アルメニアというのは古代からものすごい科学を持っているのです。

かつてのソビエト科学の中枢にあったのが、アルメニア科学です。今のロシア科学からアルメニア人が抜けたら、ダウンしてしまうという、それくらいです。

その中でも特にアルメニア人は、戦闘機のミグだとか、ロケットの分野に優れているわけです。

日本は、一段ロケットはアメリカから輸入しています。その契約の中で色々と制約があるために商用のロケットとしては非常に難しい面があります。もちろんコスト的にも高くて海外との競争力では負けています。

ロケットの話も読者の方々からすれば、やっとロケットの話になったと思うでしょう。そういう話をしていれば、読者の数もどんどんと増えるのでしょうけれども、その前にもっと大事なことがあるのです。それを簡単にこの論文の中に書いておきました。

これを読んで頂ければ科学というものの世界が、必ずしも人類の平和と幸福を作り上げてくれるものではないということを、むしろ現実は逆なのだということを、もっと読者の方に知ってもらいたいと思って書きました。

ですが、20年経って…、もっとも私にとっては17才の頃かですから、20数?年ということで、当時の私からすれば、やっと念願のロケットの世界の実現となったわけです。

今は詳しくは述べられませんが、日本で商業用宇宙ロケットを打ち上げられるのは、ウイッピー総合研究所だけという時がその内にやってくるかも知れません。

米国が何故、月へのアポロ計画を中止したのか、多分世界中の人は知らないと思います。いずれ、その事を私がお話する時がいつか来ると思います。

その時は私が月や火星への人類旅行のキーポイントの鍵を握っていると思います。いづれにしても早ければ今年、多分来年あたりに宇宙ロケットの詳しいお話をします。

今日は商業用通信衛星のお話をしたいと思います。これは大町市での記念講演会で述べたことなので、このことを述べたいと思います。

先ず通信衛星を使って、衛星大学を作る話です。これは18才の頃から、ずっと考えた国際大学の構想です。この通信衛星を使って、日本とアルメニアを結び、距離を瞬時のように短くするのです。これは大きなパワーとなります。

アルメニア共和国国立アカデミーと歌川派門人会、そしてウイッピー総合研究所が衛星通信によって結ばれ、文化と科学の交流が始まるのです。そして国際通信教育を始めます。

これは皆さん市民のための社会大学となります。そして、これは日本の大学やアルメニアの大学とも衛星で繋ぎます。皆さん方は、衛星放送を使って通信教育のテキストの講義を受ければ良いのです。ですから、日本にいてエレバン大学だとか、そういう大学に入れるということも考えられます。

それから、アルメニアというと「怪獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう」の謎があります。これも私がゴールド、黄金の「怪獣葡萄鏡」を持っていますけれど、この葡萄鏡に描かれているライオンと、葡萄と、それから鳥の図案です。

つまり、葡萄というのは世界最初の葡萄、つまりノアの方舟の項で書かれていますが、そのノアが最初に作ったのが葡萄ですね。

土を耕して、葡萄を作って、葡萄酒を飲んで、酔っぱらって裸になった処で、息子達がどうのこうのという話なのです。

ですから、アルメニアというのは葡萄、最初の葡萄酒が、ブランデーがある、ワインがあるんです。

アルメニアという国は…、しかも発掘しますと、そのまま大きな樽まであるわけです。

そういうものを輸入する事も出来るし、これから講演会で参加して欲しいと、ロケット工学もやって欲しいと…。そういうことで、アルメニアの科学産業をこれから日本に紹介するという役割を承っているわけです。

ですから単なる名誉教授ではなくてアルメニアの将来を考えてアカデミシャンという地位を頂きたいと思います。

そういう事で、こうやってアルメニアのことについて、色々と地理学、文化的なことで、ずっと話してきました。

だけどある人は言うかも知れません。『やっぱりアルメニアと日本は違う』ってね。遠い国ですからね。それだけですけれど…。

文化で、その文化で繋げようと、文化という点では我々日本人もアルメニア人も、皆同じですから...。

そういうことから政治、経済抜きにして文化的にやっていけば、その一つの世界として、こうやって協力し合っていくことが出来る。

やはり、科学を知っていて、芸術、細部まで良く知っていて、ピピピピーと繋げる役目を持っている人達の方が、アカデミーの人達で、将来を動かすということなのです

そういう意味で、私の話は最初に浮世絵で世に出てしまったものですから、科学とか歴史とかロケット工学とか、こういう風に言うと、『なんだ』と思うかもしれません。

思うけれども、私も高校時代からズーッと、色々なもっと基本的な、物理学、哲学、科学、といったものを総合体として物事を研究しているのです。

日本ではそれが発表される機会がなかったけれども、海外に於いて、それは次々に発表され、天才であると理解されたのですが…。そして、それを更に実証していくと…。

そういう中で段々と、段々とアルメニアばかりでなく、デンマークノルウェーだとか、スウェーデンだとか、アメリカだとか、文化交流しているのです。

今、皆さんも浮世絵を持つとかして文化を通して学べば、私達と一緒に世界と文化交流をしていきたいという希望があれば、これからでも遅くはないと思います。

海外に出て交流すれば、日本という国はもっと理解されると思います。

海外から見た日本という国は非常に精神的に低くて、あまり良いイメージではありません。ですから、講演会を通してもう少し日本を理解してもらって、そして、これからは海外と衛星放送で繋ぐ、情報が繋がる時代ですから、自分がダメだったら子ども達に読ませて頂いて、そうすれば今後、次の講演会は中学生、高校生でも解ると思うのです。

参加して頂ければ、日本とアルメニア交流ブレーンがもっと大きくなると思います。

それでは、今日はどうもありがとうございました。

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ここまで読んでいただいた方には、科学よりもまず文化の大切さというものがご理解いただけたのではないでしょうか。原発の問題もそうですが、便利さだけを追い求め科学技術に頼りすぎると、素晴らしい世の中になるどころか、かえって逆の方向に進んでしまいます。

博士が18歳の時に構想されていた衛星通信を利用した国際大学は、インターネットの普及によって実現可能になりました。しかしながら実際に行うとなるとお互いの文化を理解している人達のコミュニケーションが必要になってきます。

講演会からはすでに17年も経ってしまいましたが、便利さだけを追い求めるのを見直す時なのかも知れません。


前回までの記事はこちらです。

『科学から芸術へ』記念講演会1

『科学から芸術へ』記念講演会2

『科学から芸術へ』記念講演会3

『科学から芸術へ』記念講演会4

『科学から芸術へ』記念講演会5

『科学から芸術へ』記念講演会6

『科学から芸術へ』記念講演会7

『科学から芸術へ』記念講演会8

『科学から芸術へ』記念講演会9

『科学から芸術へ』記念講演会10



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まとめ【『科学から芸術へ』記】

前回は、芸術の力で世界の頂点の人達を動かすことができるというとても興味深いお話でした。一般的に芸術
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