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五井野プロシジャー(GOP)の隠された真実3

蓬莱の島(日本の本州)に不老不死の薬を探しに行った徐福の話です。

以下『ザ・フナイ』8月号より引用

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つまり、秦の始皇帝の時代以前から不老不死の薬は蓬莱の島、本州(日本)にあると信じられていたからこそ皇帝もそれを信じ莫大な資金と人材を徐福に託して日本に送り込んだとも言えるでしょう。

そして、徐福は一旦、日本に渡ったけれど一計を案じて再び日本から中国に帰国し、皇帝に海路の途中で竜神に会い、海路を拒まれたが、竜神が要求する土産として人質と財宝、さらには兵士まで要求して、再び三千人の若い男女と技術者と共に五穀(日本では米、麦、豆、あわ、きび)の種を持って日本に渡ることになります。

徐福が日本に向かった二度目の渡航の時は、そのまま日本に永住して王となり、中国に帰国しなかったという話になっています。この事実が日本に弥生時代をもたらした直接の原因となっていると言っても過言ではないでしょう。

と言っても、日本の教科書に知らされてない事実ですから、初めてこの話を聞く人は驚くと思うし、疑う人も出てくるでしょう。けれども、この『史記』の歴史書を裏付けるかのように日本各地に徐福が渡り歩いた伝説の話が残っているのも事実です。

私も昭和51年(1976年)に特別な旅(次元会の旅)の奇縁があって和歌山県の新宮駅に早朝に着いてしまい、そこで徐福ゆかりの地に自然とおもむいて、その場所に建立された石碑を見て歴史の謎をひも解くことが出来たいきさつがあります。

それから、その場所の近くにある浮島に行き、その沼の近くの正倉院のような店で赤い不思議な球(動く球として毎日新聞やサンデー毎日に掲載される)を手に入れ、それから不思議な旅をすることになったのです。

この不思議な赤い球について、昭和51年(1976年)7月9日付けの毎日新聞夕刊の「赤でんわ」の記事に、次のように載りました…
(中略)
…この新聞の記事から三ヶ月位たって、私がこの赤い球を持って韓国のソウルまで行き、そこから歩いて、ヤマタイ国の謎を追った旅に出たことがあります。

ソウルから200km以上、弟と徒歩で歩いた途中の洛東江上流の場所(近くに米軍の核基地があり、後にクーデター未遂事件が起きた)でドラム缶と空き缶で作った空き缶号に乗り洛東江を下って、釜山まで行き、そこから対馬海峡を渡ろうとしたのですが、日本外務省からの許可が出ず、それゆえ韓国政府側から出航禁止が良い渡され、やむなく日本に帰国することになりました。

しかしながら、この冒険の旅は韓国の新聞やテレビで報道され、若い人や韓国の人々に勇気と希望を与えたようです。

韓国での空き缶号の冒険の話を聞いた、サンデー毎日の記者が赤い球を不思議がって取り上げた記事もついでに全文そのまま掲載しますが…
(中略)
...この記事の中央の写真は弟が制作した木造の薬師如来像です。この仏像はソウルの国立美術館に寄贈したのですが、今でも大事に保管されているのでしょうか?

と言うのも、この仏像の縁で私は後に唐三彩の仏像を手に入れることになり、1995年に台湾の国立博物館で目玉作品として特別展に展覧されるだけでなく、現地(台湾)の新聞やテレビ、さらには読売新聞(1995年7月16日)の朝刊一面にカラーで大きく報道されました。しかも、このニュースは新幹線の電子ニュースや英字新聞によって海外にも報道されたのです。

そこで、話を和歌山県の新宮市の浮島で手に入れた赤い薬ツボの球が引き起こした特別な旅に戻しましょう。

その旅の後半で、和歌山県の竜神温泉に行き、霊界(?)もしくは幽界で青竜の太い手によって私の体は空中に飛び上がり、その時に見た近くの秘密寺に次の日に偶然出会った老人の招きによって案内され、特別な隠し部屋を見せられて、私が得た赤い球が、薬師如来が手にしていた赤い球の形をした薬壺と同種のものであったことが判明した訳です。

すなわち、青竜が求めていた赤い球は薬師如来の薬壺に入っている不老不死の薬ということになり、そこで、この赤い球の事は前述した毎日新聞やサンデー毎日だけでなく、小説『七次元よりの使者』第二巻にも秘密のメッセージとして登場させておいたのです。

そういうことからも、徐福が不老長寿の薬として求めていたものが、赤い球の薬壺の縁から日本産の山人参だということがわかってきたことが理解されたでしょうか?つまり、他にどんな上品の薬草があるというのでしょう!

それは、蓬莱山の不二の薬という形で竹取物語に秘されていた特別な人参だったこともわかって、かぐや姫の物語の謎や富士山の祭神である木花咲耶姫の秘密も解き明かしてくれるのです。

と言うのも、中国ではチベットに近い山岳地帯では霊芝が多く採れるために、皇帝が求めていた不老長寿の薬は、当然上品の薬である訳で、そこで霊芝以外のもう一つの薬草と言えば人参であったことが自ずとわかってくる訳です。

しかも、古書の言い伝えから渤海の東、海中に浮かぶ蓬莱山に自生する人参だということが朝鮮人参の由来からも理解できてくる訳です。

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徐福が不老長寿の薬として求めていたものが、実は日本産の山人参だったようです。

ここから竹取物語、再びGOPへと話は続きます。

(続く)



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