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大阪での出版記念講演会2

前回も浮世絵の記事を書きましたが、五井野博士が講演会で話されていた内容が、先日タイムリーにテレビで放映されました。

1865年にエドゥアール・マネ『オランピア』サロン(官展)に出品し、パリで大きなスキャンダルなったことを取り上げ、何故マネがこのような絵を描いたのか、その謎に迫るという内容です。

01Olympia.jpg
エドゥアール・マネ『オランピア』(1865年)


今では、普通に裸婦を描きますし、この絵を見たところで何もスキャンダルにする要素はないと思いますが、当時の人たちにとっては衝撃的な絵だったようです。

当時、裸婦はビーナスか天使のように神話の世界でなければ描いてはいけないという不文律があり、しかもキリスト教倫理観の世界では魔女扱いされていた娼婦を描いたため、世間から厳しい非難を浴びることとなりました。

02Tizian.jpg
『オランピア』の元画となったティツィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』(1538年)


陰影で立体感を表現したり、光の当たる方向を考慮した当時の描き方を全く無視して、陰影ではなく線画で平坦に描いたことも未完成の絵に見えてしまい批判される原因となったようです。

後にマネはこの絵を認めて賞賛してくれた『エミール・ゾラの肖像』を描いていますが、その背景を見ると浮世絵が描かれています。

03Edouard_Manet.jpg
エドゥアール・マネ『エミール・ゾラの肖像』(1868年)


番組では浮世絵の影響を受けてこのような描き方になったということで終わりましたが、単に描き方を真似ただけではなく、その思想や精神を引き継いでいるということが、数年前に開催されていた五井野博士の芸術講座でもお話されていて、今回の講演会でもそのお話がありました。

日本の浮世絵では花魁も絵画のモデルとして美しく描かれています。そのことを知ったマネは、日本と同じように、娼婦を一人の人間として描いたのが『オランピア』という作品です。

マネの友人であるエミール・ゾラも、ゴッホロートレックのように日本の浮世絵の世界観に大きな影響を受けたジャポニスム(日本主義者)でした。(※五井野博士の記事より「ジャポニスム」は“日本趣味”と訳されていたが、これは“日本主義”と改めるべきである。ism=主義であって、趣味ではない)

マネが描いた『エミール・ゾラ』の肖像画は、ゴッホの描いた『タンギー爺さん』の肖像画のように、背景に数枚の絵を描き込むことによって、ゾラがどのような人物であるのか示唆をしています。

このように印象派の絵画を理解するには、まず浮世絵を理解しなければなりません。(※インプレス=版画の意味。五井野博士によるとインプレッショニストフランスの浮世絵師であり印象派と訳すのは誤訳)

浮世絵を通して、これらの絵を見ていくと今まで解説されてきた本とは全く違うものが見えてくると思います。

解説者は描かれた技法に焦点を当てがちですが、絵から何を感じることができるのか、そのあたりの感性が一番大切なのではないでしょうか。

なぜ、宇宙の話をしているのに浮世絵の話をするのだろうかと疑問に持つ方もいらっしゃると思いますが、浮世絵を理解することで全てが繋がっていくということがわかるようになってくるかと思います。

最後に月刊『ザ・フナイ』(2010年3月号)に連載されている『科学から芸術へ』より五井野博士の一文とゴッホが弟テオにあてた書簡をご紹介いたします。

月刊『ザ・フナイ』(2010年3月号)五井野正著『科学から芸術へ』の連載より

特に究極の芸術は精神を高揚させて、インスピレーションをもたらしてくれる絵画だということが分かってくる。つまり、絵画は絵柄だけではなく、その絵を描く人が高尚な精神の持ち主でなければならず、その人の強いエネルギーが絵の中で表現され、見る人が精神的に高揚されなければならない。



ゴッホが弟テオにあてた書簡より

日本芸術を研究すると明らかに賢者であり、哲学者で智者である人物に出会う。

その人は何をして時を過しているのだろうか。

地球と月との距離でも研究しているのだろうか。否である。

ではビスマルクの政策を研究しているのか。そうでもない。

彼はただ一枝の草の葉を研究しているのだ。

ところがこの草の葉が彼にあらゆる植物を次には季節を田園の広々とした風景を、さらには動物を、人間の顔を描けるようにさせるのだ。

こうして彼は生涯を送る。

いいかね。彼等、自らがまるで花の様に自然の中に生きていく。

こんな素朴な日本人達が我々に教えるものこそ、真の宗教とも言えるものではないだろうか。

日本の芸術を研究すれば誰でももっと陽気にもっと幸福にならずにはいられないはずだ。

我々は因襲的な世界で教育を受け仕事をしているけれども、もっと自然に帰らなければならない。


絵描きと芸術家は全く違うということなんですね。
この文章を読むとゴッホこそ、現代の日本人以上に浮世絵を理解していたとは思いませんか?


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