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複合生命体の太陽系惑星7

少し間があいてしまいましたが、複合生命体の太陽系惑星6からの続きです。

前回は、月とのニュートラル・ポイント(平衡点)のずれからニュートンの万有引力の法則が間違っていたことをNASAが認めたというお話でしたが、ニュートンとはどういう時代の人だったのか、その時代背景について述べられています。

以下、『あおぽ』vol.847・848合併号(2012年12月28日)五井野正博士 特別寄稿記事より引用
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複合生命体の太陽系惑星⑦

・最近、ニュートンの万有引力の法則が間違ってるという話題が大きくなってきましたがそうすると今の物理学はどうなってしまうのでしょう?

「大きな歴史転換というものは1年や2年でそう変わるものではありません。例えば、ニュートンの万有引力の法則は当時のローマ教会のアリストテレスの宇宙観と対立して生まれた宇宙観と考えれば非常に理解しやすいと思います。

というのも、ローマ教会の宇宙観というか世界観は、ギリシャ時代に生まれたアリストテレス『自然学』の考え方だと地球は宇宙の中心で宇宙空間はエーテルで出来ている。そして、地上は火水土空気の4元素で出来ていると考え、真空などは全く存在しないと説いたのです。

例えば、物の中に火の成分があれば軽く、土の成分があれば重いと考えていました。西欧ではそういう考え方がローマ教会と共にずっと続いていて、16世紀になってコペルニクス地動説を主張するまでアリストテレス天動説は、なんと1900年間も影響してきたのですよ。」

・1900年間もですか?びっくりですね。コペルニクス地動説を唱えたのは教科書で習いましたが、ローマ教会は認めなかったのですよね。

「そうです。コペルニクスという人は、ポーランド生まれの医者で地方の教会の律修司祭で、しかも法学者で長官や知事も務めたくらいの地位があった人なんです。コペルニクスが考える引力とは、各天体の部分部分が一体となって球形になろうとする自然な欲求の働きであると主張したんですね。

しかも、彼はギリシャ時代(BC4世紀)のアリストテレス天動説とは対照的なギリシャ時代のアリスタルコス(BC301年頃)の地動説を信じていました。そこで彼は、時代の流れを見ながら30年間地動説を温め、死期が近づいた時(1535年)に『天体の回転について』を発表したのです。

すると、ローマ教皇庁が地動説は聖書に反するという立場を取り、トリエント公会議(1545年)を開いて教皇の至上権を強くし、聖職者の綱紀粛正や異端者への取り締まりを強化したのです。

それによって、宗教裁判や魔女狩りが行われ、それから半世紀以上(71年)たった1616年に地動説が禁止されるのです。そのような時代の流れの中で、コペルニクスに続く地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは2回にわたって宗教裁判を受けることになります。」

・知っています。ガリレオは宗教裁判に屈したけれど“それでも地球は廻る”と言った人ですよね。

「その言葉を本当にガリレオが述べたかどうかは実は、はっきりしていないのです。と言うのも、判決では一切、地動説は主張してはいけないという事なので、だいぶ後に弟子に述べたか心の中で思っていたかの話だと思いますよ。

いずれにしてもガリレオは宗教裁判において、地動説を唱えて地球の周りを太陽や惑星が廻っているのだと主張したんですね。

しかし、教会側は地動説を認めなかった。それでガリレオは有罪判決を受け、終身刑を言い渡されてしまう。でも裁判直後に減刑されて軟禁になります。しかし、有罪判決によってガリレオは全ての役職を失い、監視付きの生活となって自宅にも戻れなくなってしまいました。可哀そうですね。

結局、ガリレオが死んでから350年後の1992年になってやっとローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によってガリレオの宗教裁判は間違いだったと認めて謝罪したのですよ。」

・え!1992年というとまったく最近の話ですよね!

「そうです。飛行機や船で世界中の人々が地球を廻る旅をして地動説が世界中で常識になっている時代においても教会側は誤りを認めなかったのですね。ところが、ロケットが月に着陸し、アポロ計画によって月に人類が降りて、しかも宇宙ロケットが木星や土星などの太陽系を飛行する今日になってやっと誤りを認めたということです。

だから、ニュートン万有引力も間違いが分かっても本当の天体の法則が認められるまで、、つまり、月や火星に多数の人類が移住して、ニュートン重力理論とは全く違う現実を多くの人が体験していく内に徐々にニュートン万有引力は誤りだと地球の人々が気付いて、やっとそのときに教科書が徐々に書き換えられるということになるでしょうね。」

・教科書ってそんなものですか。ところで、ガリレオって確かピザの斜塔の上から物を落とした実験をしたのですよね。

「そうですね。今まではそう教えられてきましたね。つまり、アリストテレスの理論では重い物ほど早く落下するという考え方だったのですが、ガリレオは落下するときの速度は重さと関係ないと主張して重量の違う物を同時に落として、それが同時に地面につく実験を行いました。しかし、ピザの斜塔での実験は後の作り話で実際にはなかったという説もあります。いずれにしても、ガリレオの考え方はアリストテレス派の学者と論争になりました。」

・実験で証明しても論争になってしまうのですか?

「そうです。これは今の世界も同じで、その時代の権威者達は自分たちが学んだ学説を正しい理論として固守し続け、何があってもその誤りを絶対に認めないものです

だから、ニュートン万有引力の法則が実際の観測結果を誤りとしたり、事実をごまかしたりするでしょう。と言うのも、自分達学者が不本意に嘘つきとか馬鹿な学者と、学生や人々から思われてしまうのを恐れるからです。つまり、ニュートン教という訳です。

実際にその当時はローマ教会のアリストテレス教に対し、イギリス国教会のニュートン教といった形でローマ教会と対立していたのです。」

・どうして対立していたのですか?

「ローマ教会が中世のヨーロッパを支配していたのは知っていますね。(ハイ)そこにルネサンスがやってきました。つまり、イスラム文化の影響によって、西欧にルネサンス運動が始まるのです。例えば、中国で発明された羅針盤、火薬、活版印刷術などがイスラム世界から入ってきました。

それによって、それまで西欧の人々は水平線の彼方には大きな滝が待ち受けていると信じていた人たちが大勢いましたが、そこに羅針盤と世界地図による航海術が東洋から伝わってきたので、地球は丸いとやっと西欧人がわかったのです。

そこであの有名なコロンブスが地球は丸いから大西洋を西にどんどん進めばインドに出られると考えて出航し、結果的にアメリカ大陸を発見することになりました。それに続いてマゼラン(1480~1521)が今度(1519年)は世界一周の探索旅行に出たのです。」

・そうなんですか。教科書で学んだ羅針盤、脚、活版印刷術はルネサンスの三大発明じゃなかったんですか。

「そうです。あくまでも西欧でルネサンスの時代になって製造できたということなのです。例えば、コロンブスより100年前に明の時代の人が喜望峰を通ったとは最近になってテレビ報道などで知られてきましたね。多分、明の人たちは大西洋を渡って南アメリカ大陸まで行ったと思いますよ。

そこで、大海を航海する為には方位を知るための羅針盤が必要です。それによって大航海時代が西欧社会にもたらされる訳です。大航海ができて初めて人々は地球が丸いという認識を持てるのです。

さらに、グーデンベルグの活版印刷の普及により聖書が一般の人々にも手に入るようになると、教会を中心とした閉鎖社会から聖書を中心とした国際社会に広がり始めます。すると、封建的なローマ教皇の権威は自然と落ちて、各国が自国の富をヴァチカン(ローマ教会)に流れることを望まなくなった。しかもヴァチカン内で対立や腐敗、世俗化が起きると人々は疑問を持つようになりました。

そのような背景の中で1517年、ヴァチカンが発行する免罪符を批判してドイツのルター『95カ条の意見書』を発表します。特にイギリスではヘンリー8世国王が離婚問題からローマ教会と対立し、1534年にイギリス国教会が設立されたのです。」

・離婚問題でローマ教会と対立するということは?

「ローマ教会では神の思し召し結婚できるのですから、離婚はできないのです。その他にも色々と道徳上で厳しかったのですね。だからローマカトリックとは訣別してイギリス国教会を建てたのです。それ程にローマ教会からイギリス国家が分離独立したかったとも言えると思います。

そして、イギリスはやがてローマ教会の庇護者であるスペインと対立して戦争を行うのです。つまり、スペイン王国のカトリックとイギリス国教会のプロテスタントの戦いになる訳です。そうなると、アリストテレスの宇宙観であるカトリックと戦うには全く正反対の宇宙観が必要になってくる訳です。

と言うのも、教会の神父がアリストテレス神学で人々の精神をコントロールしていたように、イギリスがニュートン物理学を教える教師に置き換えて自国民や植民地の人々をコントロールしようとしていたのでしょうね。

そこで、宇宙に真空など存在しないというアリストテレスの考え方を広めているローマ教皇「大淫婦」と批判したイギリスのロンドン王立教会の会長であったアイザック・ニュートン(ニュートンは自然哲学者と自称した。科学者という言葉は1833年にウィリアム・ヒューウェルによって創られた)が逆に宇宙は真空だと正反対の考え方を説いたという訳です。

そして、天体は神の力で動くといったアリストテレスの考え方をニュートンは天体は物(質量)の力で動くと考え、それが重力という考え方の始まりになったという訳です。しかし、ニュートン自身どうして物に引っ張る力があるのか説明できなかったし、わからなかったのです。

結局、ニュートンの重力理論アリストテレス神学に代わってイギリスによる世界の支配統治と共に全世界に布教されていくのです。」
  

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ガリレオが死んでから350年後の1992年になってやっとローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によってガリレオの宗教裁判は間違いだったと認めて謝罪したというのは驚きですが、そこまでして地動説は認めたくなかったということなんですね。

時代背景を考えると、ニュートンの問題は純粋な物理学という話ではなく、宗教を含めた当時の政治的な思惑が絡んでいたということのようです。

それと同じように、ニュートンが間違いだと指摘し、それが事実だとしても、五井野博士の指摘通り、月や火星に人類が移住して、ニュートンの重力理論とは全く違う現実を多くの人が体験して、徐々にニュートンの万有引力は誤りだと地球の人々が気付いて、やっとそのときに教科書が徐々に書き換えられるという、気の遠くなるような話ですが、それが現実のようです。

五井野博士は、ニュートンが間違えているということを通して、このような世の中のカラクリを私たちに教えてくれているのだと思います。今の物理学に論争を挑むとかそういったことでは全くありません。

それをカルト教や自称物理学者の人たちが、いくら数式をいじり回して、しつこくネットで反論してきたとしても虚しさしか残りません。

権威者達がこのような態度になることも五井野博士にはあらかじめ予測済みということのようです。

「いつの時代も権威者達は自分たちが学んだ学説を正しい理論として固守し続け、何があってもその誤りを絶対に認めない。

だから、ニュートンの万有引力の法則が実際の観測結果を誤りとしたり、事実をごまかしたりするでしょう。と言うのも、自分達学者が不本意に嘘つきとか馬鹿な学者と、学生や人々から思われてしまうのを恐れるからです。つまり、ニュートン教という訳です。」

権威者にとっては受け取った政治献金のようなもので、どうしても間違いを認めるわけにはいかないようです。


(続く)

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地球温暖化の真相6
地球温暖化の真相7
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