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米国(サンフランシスコ) アルメニア薬学学会での五井野正博士のダンスとスピーチ

Bontakaさんが、サンフランシスコで開催されましたアルメニア薬学学会での五井野正博士のスピーチを書き起こしてくれましたのでご紹介します。


BontakaさんのYoutubeより引用します。

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The dance and lecture in the Armenia medicine society.

米国(サンフランシスコ) アルメニア薬学学会にての五井野正博士のダンスとスピーチ(抜粋)。



スピーチ(1分52秒より)

サーキシャン(元アルメニア共和国大統領、アルメニア共和国国立科学アカデミー総裁)と、それからドクター・メリック(アルメニア共和国国立科学アカデミー副総裁・自然医­学研究所所長)さん、それからエミール・ガブリエルさんが日本にやってきました。

私の名誉博士号の為にです。

そしてその6月にまた再び、メリックさんとサーキシャンが、私の日本に於いてのアルメニア名誉領事の承認でまた日本にやってきました。

私は喜んで引き受けました。

1995年の9月にアルメニアに行きまして、大統領からアルメニア名誉領事の任命を受けました。

その時にアルメニア外務省から日本外務省に向けた、日本に大使館とそれから私をアルメニア領事にするという文章です(証拠文書を来場者に提示)。

日本にはフランスでカルトと呼ばれた宗教団体がありまして、その政治力によって妨害されております。
8年間日本側は一切それに対して答えておりません。

しかし、私はアルメニア名誉領事として、そのアルメニアの大使として、誇りを持って、今回もこのような席でスピーチをさせて頂いたと私は思っております。

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ドイツのSARS対策シンポジウムから招待

2001年9月10にニューヨークの医学シンポジウムでGP(五井野プロシジャー)を発表された五井野正博士ですが、2002年にはイタリア、フィレンツェの医学シンポジウムでもGPの発表をします。

以下「あおぽ」vol.362より続きです。

Q:今こうして夢中で聞いて、本当は芸術の話を聞こうと思ったのですが、いつの間にか医学、そして音楽に広がってしまってどうしましょう。

大丈夫ですよ。何回も連載すればいいじゃない(笑)私は昔、音楽もやっていて、フィリップスレコード会社からLPレコードを出しましたから、音楽もオーケーですよ(笑)

Q:踊りもすごい上手ですよね。

イヤイヤ(笑)マイケル・ジャクソンにはかなわないですよ。

まあ、踊りの話はいいとして、話はなんだっけ(笑)
そうそう、9.11の話からマイケル・ジャクソンの話に飛んで横道にそれたんですね。GPの話をしていたんですね。コレステロール薬は、薬の中でも一番需要が大きくて世界で毎年6兆円の需要があるのです。

Q:え!6兆円ですか。

そうです。ガンの薬の方が重要そうに見えますが、製薬会社にとってコレステロールや糖尿病の薬の方が市場が大きいのです。

Q:昨年(2002年)はどうでしたか。

昨年の6月にイタリアのフィレンツェの医学シンポジウムで発表したところ、免疫学会では世界で最も権威のあるドイツのマックスプランク研究所のカウフマン所長がデータに驚いて、※GPの共同研究を行いたいという話が出ました。そこでベンジャミン・フランクリン大学病院の細胞免疫学研究所のハーン所長と共々協力提携することになりました。

Q:具体的にはどんな共同提携をしましたか。

私の提案で、昨年の11月30日にドイツとロシアが中心になってドイツのベルリン大学のベンジャミン・フランクリン医学センターで対生物兵器テロ国際シンポジウムがNATOやアメリカのペンタゴンも協力して開かれました

対生物兵器の最終的治療方法は、結局、免疫力に頼るしかないので、私のGPが最も最善な対抗薬となる訳です。
そして今はSARSの問題で、ドイツのトップの医学界から5月21日のSARS対策シンポジウムに招待されてこれから行ってくる訳です。

Q:すごいですね。世界のトップの研究をされているのですね。

というか、ガンやエイズ、SARS等は免疫の問題なので東洋医学の方が優れているのです。SARSの場合、自然の細菌ではなく、どうも合成の細菌のようです。つまり生物兵器用として作られた菌のようです。

Q:すると、その対応策は大丈夫なんですか。

普通は生物兵器をつくると同時にワクチンを開発しているはずなんですが、中国でどんどん感染が広がっているところを見ると、あれは中国が開発した生物兵器ではありませんね。だから、どこかの国の生物テロとも考えられます。

いずれにしても、私の※GPはロシアで臨床試験の時、皮膚感染のエイズも治ったことが証明されていますので、SARSにも有効だと思います。ですから、ドイツに行ってくるわけです。

Q:ではドイツでの成果を楽しみに待っています。帰国したらぜひともあおぽで取材させて下さい。

いいですよ。秋田県民のためなら。



ロシアからデンマーク、アメリカ、イタリア、ドイツと2001年、2002年には世界中の医学界で活躍された五井野正博士ですが、それ以前の地道な積み重ねがあってこのような結果が生まれています。

GOPのような全くの自然薬を医学シンポジウムで発表するというのは前代未聞のことのようです。
それにしてもすごいですね。

※GPは現在GOPという名称で呼ばれています。


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五井野正博士の学生時代の経歴

五井野正博士の学生時代について記事が増えてきましたのでまとめてみました。
講演会前に目を通していただけると、よりイメージしやすくなるかと思います。


五井野正博士の小学生時代1
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

五井野正博士の小学生時代2
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-13.html

五井野正博士の中学生時代1
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-14.html

五井野正博士の中学生時代2
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-15.html

五井野正博士の中学生時代3
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-16.html

五井野正博士の中学生時代4
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-17.html

五井野正博士の中学生時代5
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-18.html

五井野正博士の高校生時代1
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-19.html

五井野正博士の高校生時代2
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-21.html

以下の記事は学生時代ではありませんが、学生時代からの関連で掲載しています。

ニューヨークの医学シンポジウムでGP(五井野プロシジャー)を発表
http://goino.blog.fc2.com/blog-entry-26.html



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ニューヨークの医学シンポジウムでGP(五井野プロシジャー)を発表

高校時代にガンを治す薬をつくると同級生に宣言をした五井野博士ですが、実際に万能薬とも言える薬を開発し1999年にはデンマークの中央薬事審議会で治験薬として登録されることになりました。

一体どんな薬をつくったのでしょうか?

以下「あおぽ」vol.362より続きです。

私は高校の時、ガンを治す薬を作ると同級生に宣言しました。所詮化学ではだめだと、化学を一番知っている私がそう考えたから、化学者にはガンの薬は絶対に出来ないと。

Q:では何から作るのですか

それは、自然薬、つまり漢方であって、抗生物質のようにカビからつくる薬もだめだと思います。つまりコレステロールを下げるのはカビから作った薬なんです。この薬は肝臓でコレステロールを作る機能を壊してコレステロール値を下げるだけなんですよ。

ですからコレステロール値が下がっても、それは肝臓を壊しただけの事ですから、いづれ身体は肝不全とか様々な病気を引き起こします

Q:え、怖いですね。でも先生の薬はそうではないでしょう。

もちろん、身体全体の機能低下を治してからコレステロール値を下げます。コレステロール値が上がるのは身体の機能が弱っていたり、どこかのバランスが崩れているからです。

しかも私のGP(五井野プロシジャ−)は同時にガンや糖尿病などの病気も副作用なしで治してしまうのです。

Q:凄い!!

凄いでしょう!しかも一ヶ月で、合成薬よりも効果がでるんです。夢の万能薬です。でも薬として認可を取らなければならないので、今デンマークで人の臨床試験をちょうど終えたところです。

Q:日本人のためにも、早く日本で薬の認可がとれると良いですね。
それに先生が発明したGPはガンにも効くという事で旧ソ連邦では新聞、テレビで大騒ぎになるほどすごい効果があって、ロシアではガンの薬として特許も取っているでしょう。
ヨーロッパでもデンマークの中央薬事審議会で薬として認可されているとうかがっていますが。

はい、そうです。1999年12月にデンマークの中央薬事審議会で、治験薬として登録されています。
2000年度からデンマークの中央病院で臨床試験を行って、大変な治療効果のデータが出ましたので、2001年9月10日にニューヨークの医学シンポジウムで私の開発した薬、GPと正式に呼ばれて、発表されました

Q:2001年9月11日ニューヨークというと、あの9.11の日ですよね。大丈夫でしたか?

すぐ近くではなかったので大丈夫でしたが、遠くの方に煙が出ていましたね。テロよりも、やはり暴動が怖かったですね。町の商店街はみんなシャッターを閉めていましたし、飛行場は全て閉鎖されていましたね。どうなるのだろうかと、帰れなくなる方が心配でした。

Q:大変な医学シンポジウムでしたね(笑)

はい、そうです。でも丁度、前日にGPの発表が終わりましたから、しかもその夜は幸運にもマイケル・ジャクソンのコンサートがあることがわかり、特別にチケットを手に入れたので、喜んで見に行きました。

ちょうどマイケル・ジャクソンの後列に座れたので、これも幸運でした。その隣にはエリザベス・テーラーがいました。

Q:え、あの有名な女優ですか。

そうです。彼女はマイケルの大ファンなんです。マイケルもエリザベス・テーラーに捧げるという形の曲も作っているくらいですから。


なんと、GPという自然薬でニューヨークの医学シンポジウムで単独発表し、その翌日に9.11が起きてしまうとは…驚きの事実です。

シンポジウムが終わった夜にマイケル・ジャクソンのコンサートがちょうどあったというのも不思議な感じですね。

この後GP(五井野プロシジャー)はイタリアのフィレンツェで行われた医学シンポジウムでも発表されることになります。

(続く)


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五井野正博士の高校生時代2

高校時代に化学クラブに入っていた五井野正博士ですが、実験中に運命的な事故に遭ってしまいます。

一体何が起きたのでしょうか。

以下「あおぽ」vol.362より続きです。

Q:高校2年の時、九死に一生を得て自分の才能に目覚めたということですが、それはどんな病気でしたか。

病名は肺しつじゅんという事らしいですが、ようは肺に穴があいてしまったんです。

Q:それは、どうしてですか。

実は高校の化学クラブで塩素ガスの製造をしていました。普通は試験管とか、小さな三角フラスコにガラス管をつなげて実験するのでしょうが、私はプラスチックを作ろうとしたのか何か忘れましたが、私用の大きな三角フラスコで製造していたのです。

そして、ふたを開けたときに、その多量の塩素ガスをどういうわけか大きく吸い込んでしまいました。

それから家に帰って熱がでて親がどうしても医者に行けとしつこく言う。

だけど私は中学3年の時の弁論大会でも述べたように、薬は危険だと言っていたから医者は信用していませんでした。だから、行かないで寝ていたら、次の日になっても熱が下がらない。

母親は無理矢理私を医者のところに連れて行きました。

そして注射を打たれて、そしたら逆に熱が39度まで上がって熱は全く下がらない。ほら見ろ変な薬なんか打つから、かえって熱が上がって、ひどくなったじゃないかと母親に怒って、それからは自分で治すことにしました。

しかし、4、5日後には41.6度の熱になってしまいました。

Q:それでどうなりましたか

その時は誰も看病する人がいなくてね。ともかく汗がダラダラで、下着がびっしょり。
それで、自分で下着を替えて、布団を引き直したんです。それまでね、体温計で38度から39度くらいだと思うんだけど5日間くらいはそんな状態が続きました。

しかし、41.6度の時にはさすがに私も死ぬかもしれないと思いましたから、自問自答して自分の力で何とか治すと、ものすごい精神力を出しました

それで峠を越えて、熱が下がって母親が帰ってきた頃には、もう39度くらいにはなっていたと思います。多分、次の日か2日後あたりには熱が下がって学校に行ったと思います。

そして、レントゲンの検査があって、肺に穴が空いているから川崎の大きな病院で精密検査をするようにと言われたのです。そして2〜3日たってから、学校の保険医と一緒に川崎駅まで行きました。

私は肺の穴は自分の力で治すと保険医に言っていたから、精密検査の結果、肺に穴が空いた形跡が残っているがふさがれて完治してますよと言われたときにはやったと思いましたし、保険医は信じられないという感じでしたね。

Q:すごいですね。信じられない話ですが、どうしてなのですか。

やはり、自然治癒力です。人間だけでなく動物には自分で治す自己治癒力があるのです。そして面白いことに身体が治っただけではなく考え方も性格も変わりました。九死に一生を得た人というのは、もう小さな事でくよくよしなくなります。そして、とらわれもなくなって気持ちも考え方もおおらかになります。

Q:運命的な病気だったのですね

そうです。運命を感じました。それからは化学は所詮化学(ばけがく)に過ぎないと感じましたね。今の薬は石炭や石油からの化学合成で作っているのが大半です。だから今の薬ではガンや成人病は治せません。

当時、ガンはウイルスによって起きると信じられていました。ウイルス説を発表した人はノーベル賞を取りました。でも、今はそれは誤りで、ガンは遺伝子の変異によって出来ると考え方が変わりました。

原因がわかってもガンは治せません。抗がん剤は言ってみれば石油の物質に塩素や同族のフッ素を化合してできた毒ガスの延長線にある薬が大半ですから、ガンを殺せても人間も殺してしまうのです

私は高校の時、ガンを治す薬を作ると同級生に宣言しました。所詮化学ではだめだと、化学を一番知っている私がそう考えたから、化学者にはガンの薬は絶対に出来ないと。


すごいですね。かなり化学のことを深く理解していないとこういうことは言えませんね。しかも高校生です!

ガンを治す薬をつくると同級生に宣言をした博士ですが、実際に万能薬とも言える薬を開発し1999年にはデンマークの中央薬事審議会で治験薬として登録され、ニューヨークの医学シンポジウムで発表することになります。

それは一体どんな薬なのでしょうか。

(続く)


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五井野正博士の高校生時代1

親や先輩から高校に行くように言われ、自然の好きな博士は多摩川上流にある多摩校に進学することになります。

以下「あおぽ」vol.361より続きです

中学時代のある時、友人が本を読んできて「光は波だ」と言ってきたことがあります。

友達は教科書しか知らないから、「じゃあ、宇宙は真空なのに、光が波だったら真空中の宇宙でどうして波が伝わって太陽から地球に光が届くのか」と言いました。

私はガモフ全集を読んでいてアインシュタインの相対性理論を知っていたから「光は質量ゼロの物質だ」と言いました。

でも高校に入ると相対性理論に矛盾を感じて、宇宙は真空ではなくエーテルに満たされていると考え、光は物性波動であると考えが変わりましたが。

彼とは高校も同じ学校で、私と同じ負けず嫌いだから、私に勝ちたいために猛烈なガリ勉になりました。ところが私は授業中も勉強をしないので教科書の丸暗記は全くだめ。

特に英語の単語がだめで、彼は私に優越感を感じたいのか、高校に行くときの電車の中でも英語の辞書をいつも読んでいて、テストの成績も学校で上位にいたと思います。

私は高校では理数関係は家でも授業中でも教科書がないから全く勉強をしませんでした。それでもテストの成績は良かったと思います。

だから文化系のクラスを選んでおけば良かったと今でもつくづく後悔しています。

Q:どうしてですか。

文化系は男女一緒のクラスでしたので、マドンナがたくさんいて、クラス会も楽しいですが、理数系は男子クラスなので、卒業の時一回クラス会をしただけで、もう何十年もクラス会はありません。

それで高校卒業後の話ですが、私と小学生の時から張り合った彼が、外人と会って英語を話したら全く通じなくてショックを受けたと言うので、笑ってしまい、よしそれならと私も大阪万博に行って外人に話しかけました。

多分アメリカ人だったと思うけど、小豆島まで案内してあげました。そして夜には、私は浜辺で宇宙や哲学の話を身振り手振りで2時間くらい話をしたりしました。

彼は途中で寝てしまいましたが、私はヤッタ!という満足感がありましたね。一番不得意な英語で友達よりも勝ったという勝利感が何とも言えませんでした。


私も理数系クラスに入ってしまったので、博士の気持ちが理解できます。
学生時代に、切磋琢磨できる友達がいるというのはいいですね。

そんな博士が高校2年の時に転機が訪れます...

(続く)

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五井野正博士の中学生時代5

自然が大好きだった五井野少年ですが、ただ出かけていただけではなかったようです。

以下「あおぽ」vol.361より続きます

Q:高校に行かないで山の中に住むという話がありましたが、どうなりましたか。

奥多摩の山の頂上だったら一坪50円くらいで土地が買えると思って、奥多摩湖に何回か行きました。

そしたら先輩から、たっちゃん(五井野少年)は頭がいいから絶対に東大に行け、それには高校に行かなければだめだと言われました。

親からも高校に行かないのは馬鹿だと反対を受けて、それで多摩川の上流の河原や梨畑がある所に建てられた(神奈川県立)多摩校にしかたなく行ったのです。

自然が好きでしたからね。中学校の時は、時々土曜や日曜日になると愛犬を連れて5〜6km位離れた場所にある山に歩いて行ったり、電車で三浦半島や奥多摩、相模湖などにもよく行きましたね。

夏になると信州や田舎の上越市、当時は高田市と言ってたんですが、そこに行って、更に妙高山とか糸魚川とかあちこち旅行して田舎の人に心配させたりしました。

特に中学1年の時は地質学クラブだったので、旅行がてら岩石鉱石の標本を集めたりして、その内本格的になって川崎市の賞をもらったほどです。

卒業の時、学校側が貴重な資料だというので学校に寄付しちゃいました。多分、500点位あったと思います。福島県から岐阜県までほとんどの県を旅行して採取しましたからね。


川崎市から賞をもらうほど標本集めに熱中されていたようです。
集めた標本を学校にポンと寄付されるところは、世界中に浮世絵を寄付する運動に続いていったのでしょうね。

博士は親や先輩から言われたこともあり、高校に進学することになります。

(続く)

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五井野正博士の中学生時代4

五井野正博士が中学3年生の時、弁論大会で食品添加物の危険性を指摘しました。話は、化粧品やお酒にまで及びます。

以下「あおぽ」vol.360より続きです

Q:すごいですね。でも、聞く人はわからなかったのではないでしょうか。

ええ、でも私からすると、それなどまだ分かりやすいと思うのですが難しいらしい。薬という先入観が邪魔しているのでしょう。

他に化粧品や合成ウイスキーの問題なども言ったかもしれません。何故なら母親に自然なヘチマ化粧水を作ってあげていたから、母親にも当時の化粧品というものは肌に悪いとかよく言っていたんでしょうね。

それを皆にも伝えたかったからバンバンに言ったと思います。

Q:どうやって化粧水を作ったんですか。

薬局でグリセリンを買ってきて、それにヘチマからヘチマ水をとって加えるのです。この方が自然で全然肌に良いのです。

又、合成ウイスキーの作り方も面白いから聞いて下さい。

これはエチルアルコールと味の素、カラメルの色素にコハク酸を混ぜて、水で薄めると実際に売られている二級酒のウイスキーと全く同じになります。

特級というのは本当のウイスキーが20%以上入っていれば特級と表示できると法律で定めてあるからジョニ赤なんかを20%混ぜればよいだけで特級といったって特別においしいという意味じゃないんです。
日本の特級って、合成酒の特級品なのです


(昭和24年(1949年)に酒類販売が自由化されて、従来の級別制度は「特級」「一級」「二級」の三段階になりましたが、この級別システムが、酒の品質の良し悪しと対応していないなどの理由で、平成4年(1992年)に完全に撤廃されました)

人に言ってもわかってもらえないから、試しにこれを作って人に飲ますと酒飲みは飲んでおいしいおいしいと、バカバカ飲むから、私はビックリしちゃいますね。そして私が作ったと言うと、死ぬと思ったのか滅茶苦茶にビックリしちゃうんです(笑)本当は笑えない話なんですけど(笑)

Q:話を聞いていると勉強になります。先生の中学3年生の時は間違いなく天才でしたね。

いいえ、いいえ。それなどはそういう本を読んで少し考えれば誰でもわかるような事です。



いくら本で勉強をしたと言っても、自分で相当実験をしないことには、ここまでのことはなかなかできないですね。本の内容を自分で実験して確かめるという意味では、本当に科学者の卵です。

母親のために自然な化粧品を作る、そんな優しい子どもがいたら親も感激すると思います。

中学1年の時に地質学クラブに所属していた五井野少年は、自然が大好きで良くいろんなところに出かけていたようです。さらに続きます。

(続く)

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五井野正博士の中学生時代3

五井野正博士が中学3年の時に弁論大会で話され、誰にも理解されなかった話とは一体どんな内容だったのか「あおぽ」より続きを紹介します。

以下「あおぽ」vol.360より

Q:先生が中学生の時にショックを受けて山の中に住みたいと思ったという話を聞いて驚きましたが、その中学3年の時の弁論大会の話はどんな内容だったんですか。

今では多少一般の人にも知られてきましたが、食品の中に入っている添加物は人間にとって非常に危険である事を指摘しました

でも当時は今から30ウン年前の事ですから(笑)それが国民にわかるにはそれから10年後に私がウイッピー運動を行ってからのことです。企業、メーカーに空き缶のお返し運動を行った時に、飲み物に使われている赤色2号等の合成着色料の問題やリン酸等の酸味料を指摘して、その1〜2年後に消費者連盟が問題にするまで消費者にはわからなかったんですね。

例えば昔、色紙というのがありましたね。

Q:ありましたね。知っています。

あの色紙を水に浸せば色が落ちてジュースみたいになるんですが、確か小学校1〜2年の時に、それでままごと遊びをした訳です。

皆それは毒で、飲めないという事を知ってるんですが、飲む振りをして遊ぶわけです。ところが世の大人たちは全くそれと同じ様なものを平気で飲んでいるんです

つまりメーカーは、それが体に悪いということを当然わかっているはずなのに、そのような危険な色素を使って、さらに合成甘味料のズルチンとかサッカリンとか、チクロ、つまりサイクロン酸ナトリウムなどを加えて偽ジュースを売っていたんです。


(サッカリンは、甘さが砂糖の300倍以上といわれる強力な甘味料で、トルエンを原料として化学的に合成されます。発ガン性を疑われましたが、使用量を制限して使用が認められています。チクロはFDAにより発癌性や催奇形性の疑いが指摘されたため、日本では使用が禁止されました。ズルチンも中毒事故が多発したこと、肝機能障害や発癌性等の毒性が認められたため1969年より食品への添加が全面禁止されました。五井野博士が弁論大会で発表されてから数年後の話になります。)

私は中学の時から化学は何でも知っていましたから、食品やジュースに入っている添加物の問題を、中学3年の弁論大会で言ったんです。でも、聞いている人はシーンとしていました。多分わからなかったんでしょうね。

だけど、これなんかはいいほうで、実はその弁論大会で、ある風邪薬の実名を言ったんですね。これは一般にアスピリンが主成分なんですが、胃を荒らすので胃を荒らさない為に、他の薬も混ぜて、それによって商品名が変わってくるんです。要は風邪薬といってもアスピリンという単純な薬なんです

このアスピリン、正式にはアセチルサルチル酸と言って人間の体温を下げる働きをするものです。それで熱がでるとこれを飲んで熱を下げるのですが、人間は風邪の細菌がどんどん繁殖すると熱を上げて殺します

ところが熱が下がってしまうと風邪の細菌は死なないで、人間の身体にずっと生き続けるのです。だから免疫力、つまり細菌に対する抵抗力がなくなると、又、風邪をひくのです

そういう風に麻薬みたいに常習性を持つのです。それを○○病(○は商品名)だと弁論大会で指摘して、危険であると言ったわけです。

今でしたら、かなり理解できる人が増えているかと思いますが、1960年代では全くピンとこなかったのではないでしょうか。それでも五井野少年は危険性を知って欲しいと思い一生懸命に伝えたのでしょうね。話はさらに化粧品やお酒の内容にまで及びます...

(続く)

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五井野正博士の中学生時代2

五井野正博士が中学1年の時に弁論大会で発表した内容が、先生や生徒にかなり評判になったようですが、中学3年の時に、山の中で愛犬と一緒に暮らすことを考えるようになったようです。

なぜ山の中に入ろうと思うようになったのか、続きの記事を掲載します。


以下「あおぽ」vol.360より

Q:先生は中学1年の時にはすでに秋田の方ですごい天才と噂されていたのですが、その時はどんな少年だったのですか。大変興味があります。

私はびっくりしてるんですね。なんで、そんな噂が出たのかな。
自分では高校2年までは秀才とは思っていましたが、天才ではないですよ。
天才は高校2年の夏頃からです。


(勉強ができるのが秀才ですが、博士の言う天才とは、頭がいいとかそういう意味ではないようです。教科書や本から学んで、優秀な大学に入ったり、研究者になったりそういう人たちが秀才で、天才とは本を読んで学ぶという次元ではないようです。直感、ひらめきのように天からくる才能ということでしょうか)

Q:先生のいう秀才とはどんな才能だったんでしょうか。

うーん、むづかしいですね。大体、中学1年でそんな秋田まで噂されるなんてねぇ。考えられるとしたら、多分中学1年の時の弁論大会じゃないかな。

それは、他の人が隣人愛がどうのこうのと言っているときに、僕だけがね、三段論法で政治や経済の問題をバンバンに言って批判したから、それは、もう、先生や生徒に大受けしまして、それが噂になったのかな。

Q:その弁論大会の時の講演はどんな内容だったのですか。

佐藤栄作の政策の誤りとか、あと何だろうな。経済問題にもふれたかも知れない。確かに選挙に出ても当選するくらいの迫力と内容はあったと思います。

でも、それは秀才とはいっても天才とはいえませんよ。天才というのは、もっともっとすごいものです。例えば、中学3年の時も弁論大会に出ましたけど、その時は1年の時の弁論大会で大受けしたという実績があるから、もう自分のレベルの話で講演してしまったために、今度はみんなシーンとしてしまった。

そこで私の才能を理解してくれた教師に、どうでしたかと聞いたら、難しかったと言われてショックを受けました。それから、高校2年の6月頃に大病をするまで性格や考え方が少し暗くなって、人間関係もよそよそしくなったと思いますね。

それで高校に行かないで山の中で愛犬と一緒に暮らしたいと本当に思ってました。それで候補地を探しにあちこち旅行ばかりしていたんです。

理解者であるはずの教師に、難しかったと言われ、ショックを受けてしまったようです。
一体どんな内容を弁論大会で話されたのでしょう。

(続く)

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