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人権擁護安全保障連盟4

日本の江戸時代の真実の姿と西欧の人々がなぜ日本を理想の世界としたのか、日本に憧れたゴッホの書簡と絵を通して述べられています。

3年前に出版された月間『ザ・フナイ』2010年1月号vol.28より
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世界に誇れる江戸時代の日本社会

つまり明治時代は薩長が西欧社会を模範として、それ以前の幕藩体制を壊すために薩長を中心とした中央集権の強い官僚システムを作って、その中に国民を従属させてきた時代である脱亜入欧(アジアから離れて西欧に加入する)の思想の下で文化、政治、軍事、教育と何から何まで欧州を模範とし、中国や韓国、さらにそれまでの日本の伝統や習慣、道徳などありとあらゆるものを軽蔑してゴミ屑のように捨て去った

だから明治の教育では江戸時代の制度は一方的に封建制度と侮辱して江戸の文化史を改ざんし、誤った江戸史観を国民に教え込ませてきたのである。私はその非を改めようとして28年前に自著『法華三部経大系』を出版し、その第3章にこのことを記した。

さらに自然の中で人間らしい生き方をしてきた古き良き時代に日本を戻すために『ふる里村情報』という雑誌を創刊し、全国の書店に並べた。その中で危険食品や東京都の水道水問題、農薬と化学肥料問題などを告発しながら無化学肥料、無農薬農業を推し進め、モデルケースをどんどん作って雑誌で紹介した。

その結果、無農薬、無化学肥料の野菜や果物が一般の農家でも生産され、流通も出来て人々の食卓に並ぶようになったのは喜ばしいことである。また人々は水をスーパーで買って飲むようになり、食べる物、飲む物の安全性を注意するようになった。

このこと自体は良いことだと思うが、商業主義が消費者の無知にぬけめなく入り込んでペットボトルや偽装表示など新たな問題を生み出している。

そのような商業主義は明治に入って西欧から取り入れたものであり、本来の日本人精神ではない。この点について『ザ・フナイ』で度々登場する知人であるベンジャミン・フルフォード氏が太田龍氏との共著『まもなく日本が世界を救います』の中で詳しく記されているので参照して欲しい。

もちろんここで言う「日本」は明治以降の今の日本の事ではなく、自然融和、リサイクル社会、自由と平等社会であった「江戸時代」の日本である

先ず、江戸時代の官僚システムというのは、官僚に当たる武士が少人数で地域を管轄していた。というのも統治は住民の自治に任せたから少人数でも可能だった。

そして、その武士は高い倫理観を持って質素な生活をしていたから質の高い行政管理が出来、しかも100万都市をたったの300人で全て行政を執り行っていたというから、財政的にも負担が軽いということになる。それでいて治安が世界一良いのだ

住民も社会的公共心を持っていたから街は美しく、河沼の水は引用出来ぬほどきれいで、貧民も相互扶助の精神で助け合うから飢えて死ぬという人もいなければ、泥棒もいない

こう聞かされると明治以降の教科書に洗脳されている今の私達はビックリするかもしれない。しかし、これは真実なのである。

江戸の幕末に来た著名な外国人が語っている言葉がそれを証明するであろう。例えば英国の駐日大使ラザフォード・オールコックが1859年(安政6年)6月に来日して1862年3月に帰国するまでの間に滞在した手記が『大君の都』として出版されている。

彼はその中で日本の農村や江戸市内の道や街路は良く手入れされて、きわめて清潔で汚物に邪魔されずに通行するのに楽であると語り、彼が訪れたアジア各地やヨーロッパの都市と比較して全く正反対であると述べている。

また、個人の自由と平等に関しては西欧の民主国家よりも日本の農村で働く労働者の方が多くの自由を持っていると記述している。この件に関して来日した多くの外国人も同様に語っている。

例として『逝しき世の面影』(渡辺京二著、平凡社)という本が出されているが、その本には日本に来た外国人が後に日本の印象を書にして発刊した文面を数多く引用して、江戸時代の姿を真に説明している。

第7章の「自由と身分」では、出島のオランダ商館に勤務していたフィッセルの言葉を載せている。彼は西欧で「日本は専制主義の封建社会」と認識されていたが、実際は正反対であって専制主義は名目上だけで実際は存在しないという。

このフィッセルの記述から分かるように、当時の日本観がそのまま明治の日本に持ち込まれ教科書となったために、今日我々は誤った江戸時代の認識をそのまま固守しているのである

また彼は日本には奴隷制度という言葉もなく、勤勉者は高く尊敬され、下層階級の人達も生活に満足して、食べ物に困る貧乏人は存在しないと説明している。

そして階級の上下の関係は丁寧で温和だという。法は平等で、法の上に立つ人はいない。そして、もっとも身分の低い商人でさえ最大限の自由が与えられていると記述しているのである。

面白いのは、1854年のドンケル・クルティウスの本国オランダ宛の報告書だ。この報告書では一般人はかなり自由な生活をしているが、公職者(武士)は不自由で、その頂点に立つ者(将軍、大名)は掟(おきて)を守る奴隷の頭(かしら)とも呼ばれていると書かれた文面である。

つまり、今で言うと首相は法を遵守する奴隷の頭ということで、官僚は国民の奴隷ということになる。

この事は、名目上は専制主義の封建社会であっても実際は庶民が主権を持ち、自由と平等を最大限に味わい、逆に支配者たちは不自由で法に縛られ奴隷のようだという当時の事実を表しているのだ。

とすれば、官僚は国民に奉仕するというのが民主主義の理想であるが、江戸時代ではなんと理想以上になって官僚は国民の奴隷だったのである。

だから薩長は、掟に縛られた徳川幕府をなんなく倒せたのである。薩長政権のための中央集権型官僚制度が作られ、1873年(明治6)年の地租改正(※)によって地方経済は疲弊し、国民が次々と資本の奴隷にされてしまったと言うのが、明治以降の現実の姿なのであろう

(※地租改正:この改革により、江戸時代の「年貢制度」にとって代わって、日本にはじめて土地に対する私的所有権(実質的な財産税)が確立した。)

さらに徴兵制度が作られ、清、韓国、ロシアとの戦争に日本国民が借り出されてしまった。

そして、戦争、戦争と明け暮れた後に終に全世界を相手に戦争した結果、敗戦。連合国の占領、政治、経済、軍事、教育、マスコミの米国統制化が行われ、そのまま続いて今日の日本となっているのである。

そこで、日本人の血を流れ受ける者は古き良き日本を思いださなければならない。それはかつての日本が「地上天国(パラダイス)、あるいは極楽(ロータスランド)に最も近づいている国」と述べている英国人の詩人エドウィン・アーノルドが日本に来た時の言葉に耳を傾けるべきだろう。

このような賛辞ははアーノルド氏だけでなく、前述したフィッセル氏も「この地上の天国、またその美しい自然」と表現しているからだ。

このようは自由で平等で、しかも自然の美しさの中で公共心を持った人々が互いに助け合った、かつての江戸時代の日本が、西欧の知識人に大きな影響を与え、西欧に日本的な自由と平等と文化が生まれ、江戸時代の日本こそ理想的な社会だと主張する文化人が次々と現れたのである。

この時の思想がジャポニズム(日本主義)である。この言葉を「日本趣味」と訳す学者は、無教養の非日本人ではないだろうか。

このジャポニズムに大きな影響を受けたのがインプレッショニスト(日本では印象派と訳されている)と呼ばれたマネ、モネ、ゴッホ等の画家達である

特にゴッホは、

「僕らは日本絵画を愛し、その影響を受け、全てのアンプレッショーニストの画家に共通することだが、それなら僕らはどうしても日本へ、いうならば日本同様のところに行くということだ。それは南仏だろう?」(ゴッホ書簡500 アルル1888年6月4日頃)

と述べ、理想の国・日本を南仏に見立ててアルルに行くほどであった。そして、アルルの地で友人であるベルナールに手紙を書く。

「あなたに書くと約束したように、私は先ずこの地方が澄みきった空気と鮮明な色彩効果を持つ日本の美しさと同様に思われる土地として私には見えることを伝えることから始めたい」(書簡B2  ベルナール宛 アルル1888年3月)

この文章でわかるように日本とは美しい国というイメージがベルナールと共有してゴッホの頭の中にあることがわかるだろう。更にゴッホにとっては、

「黄色と菫(スミレ)色の花が一面に咲いている野原に取り囲まれた小さな町、まるで日本の夢を見ているようだ」(書簡487 テオ宛 アルル1888年5月)

と述べるように、美しい花が一面に咲いた野原に取り囲まれた町が日本のイメージと重なっているのである。というのも前述した『逝きし世の面影』の本の第11章ではオランダ人ハラマタ氏の江戸の印象として、

「町中ところどころに公園といってよい大きな庭園があるので、まるで田園の村の中にいるような気分になります」

という記述や、数多くの外国人達が口々に「ヨーロッパと比較して江戸ほど美しい町はない」と、自然に取り囲まれた江戸の美しさを述べているから、当時の西欧人にはこうしたイメージが日本の印象として映っていたのであろう。そこで、

「僕の親しい弟よ、僕はまるで日本にいるみたいだということを君は知っているよね」(書簡469テオ宛 アルル1888年3月14日頃)

と述べるように、ゴッホは花咲く美しい町アルルを日本同様に考えたのである。それは妹への手紙で、

「”僕は日本にいる”と、ここでいつも自分に言い聞かせているから、僕のほうは、ここで浮世絵を必要としない」(書簡W7 末妹ウィレミーン アルル1888年9月9日頃)

と書いていることから理由がわかってくる。確かに文章だけでは実感がわかないが、浮世絵にはそうした美しい江戸の町々と人々の生活が描かれている。

ゴッホはそれまで浮世絵を見て美しい江戸の町を夢見ていたが、今は現実にアルルの中に日本と同様の美しい町を発見したのである。

それにしても何故ここまでゴッホが「日本」に魅了されているのか?その理由は、ゴッホがアルルに行った前年(1887年)のパリ時代に描かれた2枚のジャポネズリ(※)の絵に描かれた日本文字を解読するとわかってくる。

(※ジャポネズリ:一般に「日本趣味」と訳されることが多いが、ゴッホの書簡の中では「浮世絵」もしくは「日本絵画」と訳すべき言葉である。)

その日本文字を解読しない限り、ゴッホの絵画が全く理解できないということが明らかになってくる。

私はこの文字を世界で最初に解読し、ゴッホの心情とゴッホが夢見た日本を表現した絵画を歌川工房で制作し、日本の公立美術館で次々と展覧したところ、会海外の国立美術館でたちまち評価され、遂に1995年(平成7)年9月に世界三大美術館の一つ、ロシア国立エルミタージュ美術館で展覧会を開くことになった。

展覧した絵には、ふるさと・日本の世界が描かれ、見る人を江戸時代にインナートリップさせる力があるようで、どの国の美術館でも大反響となり、ロシアでは後に「ロシアは日本の江戸時代に戻らなければならない」と大きなタイトルで新聞の9ページ目全面に特集するほどであった。

DSCF1810.jpg

そこで、日本人なら知らなければならないゴッホ・コードとも呼ばれるゴッホの日本文字解読について引き続き話を進めたいところであるが、今回は誌面の都合もあるので、ここではその解読本をぜひ読んでいただきたいと申し上げておくにとどめたい(※)。

(※この解読本は日本オーダー出版で第一篇、第二篇(各1,000円)が出版されています。)

以上、お伝えしたいことは、まだまだ山のようにあるのだが、今回はこのへんでひとまずペンを置くことにいたします。

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昔の教科書では、明治時代になってようやく文明が開化し、それ以前の江戸時代では農民が年貢を取り立てられ苦しい生活をしていたと習いましたが、訪れた外国人の書物からも事実は全く逆であるということに気付かされます。

たった300人程度で100万都市の行政を執り行っていたというのも驚きですが、その官僚がまるで奴隷のように国民に奉仕をしていたというのは今の時代からは想像がつきません。

五井野正博士のおっしゃるように、ヨーロッパに大きな影響を与えた浮世絵は日本が世界に誇れる素晴らしい美術品であり、浮世絵を通して過去の歴史や文化を学ぶこともできます。

日本人として正しい江戸時代の姿を知って、見習うべきことは見習っていきたいものです。


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人権擁護安全保障連盟3

五井野正博士がカルト宗教団体に執拗に妨害を受けて続けてきた理由と、そのことから宗教や政治思想、人権、国籍、年齢や性別による人権の迫害や生命の危険から身を守るための国際的なネットワークとして「人権擁護安全保障連盟」を作ることになったことが書かれてます。

3年前に出版された月間『ザ・フナイ』2010年1月号vol.28より
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真実の情報が歪められた私の体験

もっとも、このように述べる私もフランス国会でカルト指定された日本の宗教団体から執拗にデマを流されたり、嫌がらせや圧力を35年間も受けている。いまや日本のマスコミ界は、この団体に牛耳られているようにも見える。

例えば、数年前に私の「ゴッホの日本文字解読」の論文を秋田市の市民新聞「あおぽ」で連載していたら、秋田県の民放全社が連盟で「私の原稿を載せるな、載せた場合には制裁する」というような文章をあおぽ本社に送りつけた事件が起きた。その文章が資料1である。

DSCF1806.jpg

この文章では「番組広報資料の提供再検討について」と題して、秋田放送業務局長・奈良岡勇氏、秋田テレビ業務局長・千葉正義氏、秋田朝日放送編成業務局長・小林寿文氏の連名で、「最近は五井野博士に関する記事や、ゴッホの絵に関するシリーズなど、掲載内容がかなり違ってきたように思われます。伺うところ、読者の強い要望とのことですが、一般的な内容とかなりかけ離れていると思わざるを得ません。今後ともこのような編集方針を貫かれるようでしたら、10月改編以降、タイムテーブル、原稿、写真等の番組広報資料の提供を再検討させていただく所存であります。以上、秋田地区民放3社の総意として申し述べます」と書いてある。

「あおぽ」発行の会社は言論出版妨害だとして圧力に屈しなかったために、民放各社は制裁を実行してきた。その時の事情が「あおぽ」の一面に掲載されて秋田市民全員に知られることとなった。その時の「あおぽ」の一面が資料2である。その後の民放の謝罪は全くなかった。

DSCF1807.jpg

文章を読めば民放が恥も外聞もなく、よくこんな文章を出したなと誰が見ても民放各社の言論弾圧が明かなはず。この事実が秋田市民全体に公開されたのだから民放各社はすぐに非を認めてトップが謝罪するはずなのだが、それがないのは背後に圧力組織があるからだと私は推測する。

と言うのも、石塚編集長がテレビ局に事情を聞きにいった時、応対した女性が「あおぽ」や私のことをカルトだからと中傷したからである。言論の自由の妨害のみならず名誉毀損ものである。

逆にそのような馬鹿げた発言を強要させる組織は前述した宗教団体しかないように思う。何故なら私はこの宗教団体を自著『科学から芸術へ』で、「フランス国会で指定されたカルト団体」と書いたものだから、彼らは逆に私のことをカルトとオウム返しをしてマスコミ界にデマを流してきたからだ。

「あおぽ」の言論弾圧事件の10年前にも、ある週刊誌が私のロシア芸術アカデミー名誉会員就任の事実を虚偽の噂まで作って2ページのグラビアで名誉毀損した事件がある。

そこで名誉毀損で訴えようとしたら、ほとんどの弁護士が嫌がった。ある弁護士は大手マスコミを訴えるのは好きじゃないと断ってきた。つまり弁護士の職務を損得で判断して離脱しているのだ。

後に想像するに、そのカルト宗教団体は裁判官や弁護士など多くの会員を抱え、法曹界にシンパを拡げていたようである。彼らはトップの号令一つの下に組織を挙げて私を闇に葬ろうとしていた。

彼らは私の本を出版していた出版会社の社員を買収し、社長の正常な判断ができないようにして出版社を高額で買い取り私の本を全て絶版にして、その後出版社を清算してしまったと、私には思われる。

また、ゴッホの所有していた浮世絵やゴッホの日本文字を解読して、ゴッホのユートピア日本の絵を描いた私の絵の展覧会が世界の国立、公立美術館で行われてきたが、その展覧会に対しても執拗に妨害し、某暴力団さえも使って私の命を何度も狙ってきたようにも思える。

何故、宗教団体のトップがそこまでするのかと疑問の多い人もいるでしょう。それは昭和48年2月に、この宗教団体のトップに『一念三千論』を提出したことから始まる。

その一年後に、幹部であった先輩が一人の女性を連れてきて「たっちゃん(私の愛称)、頼むからこの女性と結婚してくれ」と執拗に私に頼むのだ。その訳を聞くと、トップから頼まれたと言うのである。

それでも私は断った。すると、それから私の社会運動をありとあらゆる形で妨害してきた。やがてそのトップは私の理論を自分のものにして、その宗教団体のカリスマとなった。

しかし、一部の人達はこのトップの行動を批判し、本来の宗教団体に戻るべきだと外部にこのトップの実態を流し、大きな社会問題になったことは多くの人が知っている事実だと思う。

それゆえ今日まで、このトップの意向でこの宗教団体があらゆる形で私に迫害をしてきているのである。私が国際的に様々な面で活躍し、フランス等で得た国家勲章に対しても大使館ぐるみで妨害するなど、私の名誉と地位をどれ程に毀損してきたことか。

その事実を知れば世界中の人が驚愕する程であり、ほとんどの人は「まさか!」と理解できないであろう。

そういうわけで、このカルト宗教団体に動かされた外務省は私の海外での活動を様々な形で妨害してきた。

このことは鳩山首相が野党時代に私と日ロ外交を共にしていた時に、外務省や政財界から圧力や妨害を共に受けていたことが度々あるので、彼は充分にこのことを知っており、他にも色々な政治的妨害があったために永田町の政治家の間では周知の事実となったようだ。

もちろん日本だけでなく、フランスやスペイン、ドイツ、ロシア等の著名な文化人や政治家達にもこのことが知れ渡っている。

それゆえ宗教や政治思想、人権、国籍、年齢や性別による人権の迫害や生命の危険から身を守るために、国際的なネットワークを作ることになったのである。日本の名称は「人権擁護安全保障連盟」である。

会長に鳩山由紀夫衆議院議員(当時)、理事長に私が就任し、副会長に実力議員達が就任してくれた。写真Cは、その時の設立委員会の会議の模様である。

鳩山

現在は一般社団法人になっているので、心ある人達の参加を歓迎している。特に前述した「植草事件」のように、人権侵害に関係する事件の真相を追求し、正しいことを愛する『ザ・フナイ』読者なら大歓迎である。

一般の宗教団体は仏や神に対する信仰心を土台として、それによって生まれる道徳心や心の平穏、精神的向上などを願って社会的貢献を目指すものである。それがゆえに社会的公益団体と見なされて税金の免除など様々な特権が与えられている。

ところが逆に、この税金等の特別配慮を特権として宗教団体を形作るケースがしばしば社会問題となっている。さらに信者達の社会改革の向上心や利益願望を利用して、政界、経済界、マスコミ界に深く関与し、行政、司法さえもコントロールできるようになると、国家を支配しようと野望を持つ宗教団体も出てくる。これがカルト宗教団体の実態である。

例えば、世界の政治、経済、マスコミを支配し、9・11事件やアフガニスタン侵攻など、ありとあらゆる陰謀を企てて世界支配を企む組織があるが、これこそ典型的なカルト宗教団体といえよう。そして日本でもオウム真理教などがあり、さらにフランス国会などから「カルト教団」と指定された宗教団体がいくつかある。

中でも信者数が多いカルト宗教が政治権力を持てば、官僚の中にどんどんその会員が増えて、そのためどれ程恐ろしい世の中になってしまうのか!オウム真理教事件の例を引かなくても充分に分かることであろう。

その危険性を防止するために、日本国憲法は厳しく政教分離を明記している。憲法を遵守しなければならない政治家たちは、政教分離の意味を充分に分かっているのに、選挙の票欲しさに醜くも宗教にひれ伏すのである。

それゆえ鳩山首相や小沢幹事長が脱官僚を掲げるのは、官僚が日本を事実上支配しているという問題だけではなく、こうしたカルト教団の官僚支配化の恐ろしさを知っているがゆえにと私は考える。

何故ならカルト教団員の官僚たちがスキャンダルや金で他の官僚たちを支配、操縦するようになったら政権が変わってもカルト教団にやがてコントロールされてしまう可能性があるからである。

ましてや脱官僚を目指し、政権交代した民主党が選挙のためにこのカルト教団と手を組むようだったら、即、民主党は解体しなければならないであろう。今では国民も議員もその正体を知り尽くして政権交代の大きな原動力となった。

幸いに鳩山首相や小沢幹事長はこのカルト教団に対抗して政権交代を果たし、脱官僚を公約して明治以来の官僚システムの打破を目指すと明言している。明治以降の官僚システムを打破するということは、それ以前の、つまり飛鳥時代から江戸時代までの歴史的に形作られてきた制度に戻るということになる。

その集大成が250年の平和を維持し、世界に誇れる高度な文明社会を作り上げた江戸時代ということになろう。

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(続く)

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人権擁護安全保障連盟2

「人権擁護安全保障連盟」設立経緯の続きです。植草一秀氏の事件について述べられています。

3年前に出版された月間『ザ・フナイ』2010年1月号vol.28より
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私の知る月面初着陸の真相

先ず『ザ・フナイ』の特色を理解するに当たって最初に目につくのは表紙のタイトルの下に”本当の情報”と書かれていることだ。そして、執筆の先生方には副島隆彦氏や古歩道ベンジャミン氏、飛鳥昭雄氏等の名前がみえる。

実のところ、私は諸氏が出される本を楽しみにしている読者でもある。確かにこの人達の名前を見て”本当の情報”という言葉に偽りはないと思う。

例えば副島隆彦氏の著書には『ドル覇権の崩壊』や『恐慌前夜』など世界経済の内幕を記したものが多い。

特に『次の超大国は中国だとロックフェラーが決めた』(徳間書店)は、世界経済を動かしている人達の名前をズバッとタイトルにしている程である。その副島氏の本には『人類の月面着陸は無かったろう論』のような本もあり、タイトル名だけ見ても飛鳥昭雄氏の『アポロ計画の謎と月空洞論』等と対照的で面白い。

飛鳥昭雄氏の本では人類は月に降りた事になっているが、それもアームストロングではなくバズ・オルドリンになっている。

その情報は「アメリカ航空宇宙局(NASA)」の関連機関である「カリフォルニア工科大学ジェット推進研究所」の研究員である「ジェイムス・J・ジェファーソン」(仮名)から聞いた話だと記述する。

そこで私は直接バズ・オルドリンに会って話を聞いた。その写真がAである。

バズ


右から2番目が私で、私の左が問題のバズ・オルドリンである。といっても顔を知らない人も多いと思う。そこで最近アームストロングと共にアポロの記念式典に彼も出席して、ニュースになったからその時の写真と比べ合わせれば納得できると思う。

バズ・オルドリンの左が世界で最初に宇宙遊泳したロシアのレオーノフ宇宙飛行士で、私の右がロシア宇宙飛行士協会会長のコバリョノク宇宙飛行士である。彼らが宇宙飛行士だという証明のためにもう1枚の写真Bを掲載した。

この写真は日本で開かれた宇宙飛行士会議のときの写真で、左が前述したロシア側の議長であるレオーノフ宇宙飛行士で、右が毛利宇宙飛行士の写真である。

私が確認の調査をした結果、月面に最初に降りたのはアームストロングではなく、ジェファーソン氏が述べるようにバズ・オルドリンだったことが判明した

しかもバズ・オルドリンが最初に月面に降りた時に見たもの(存在者と存在物)の詳しい話を聞いた。その話は、飛鳥氏本人との対話を交えた機会があったら記述したい。

植草事件の真実

さて、前述した副島氏が『ザ・フナイ』(2008年4月号)で記した〈誰も書かない世の中の裏側(1)冤罪「植草事件」〉というタイトルの原稿は非常に興味深い。

ここに出てくる植草事件とは当時早稲田大学教授であった植草一秀さんが2004年4月8日品川駅の上りエスカレーターで自らが持っていた手鏡で女子高生のスカートの中を覗いていたとして現行犯で逮捕された事件のことである。

私はジャーナリストの鈴木棟一氏が主催する「一木会」や「社稷会」で度々植草さんと会ったり、話を聞いたり対論したりした間柄だったから全く他人の事とは思えない。

丁度この事件が起きる前、私は鈴木棟一さんに連れられて植草さんと一緒に平沢勝栄議員の応援パーティーに行った経緯があったから、尚更である。

情けに厚い亀井静香議員(現・内閣府特命担当大臣)や石原慎太郎都知事に挨拶しているうちに、いつの間にか植草さんは我々と離れていた。同行中、植草さんはほとんど私と挨拶も話もしなかった。

前に一木会の会合で消費税の政策論で私と植草さんは会員の前で対論したから、プライドの高い彼は私を敬遠したのだなとその時は思った。

と言うのも、竹中平蔵金融大臣(当時)が推し進める郵政民営化政策に対し真っ向から反対した亀井静香議員が、竹中氏に代わって植草さんを用いようとした動きや小沢一郎議員(民主党幹事長)が植草さんを評価していた状況から考えれば、彼の優秀な頭脳に反論できる者はほとんどいなかった状況の中で、講座を聞いていた人々の前で私に丁重な反論をされたことでいたく傷つけられたのかもしれない。

あるいは彼の理論に反論する者は竹中一派の輩と彼の眼に映ったかもしれない。今になって同情する思いである。だから、副島氏のこの原稿には大いに感じるものがある。

副島氏はこの植草事件の被害者である女子高生は婦人警官だと主張する。しかも、植草さんが二回目に起こした電車の中での痴漢事件の時の被害者である女子高生も婦人警官だという。

そして、どうして警官がこのようなことをするのかという疑問に対して、警官の中にはアメリカに留学してCIA(米中央情報部)に育てられた人達がいて、彼らはアメリカのためなら、それこそ冤罪でも何でも起こす人達だと説明されているのだ。

つまり副島氏は、小泉郵政民営化によって郵貯の金300兆円以上の金がゴールドマンサックス等に流れると指摘し、その指揮者が竹中平蔵大臣(当時)で、その対抗者が植草一秀氏だと記述する。

世間的な読者は「へえー、そうなの」と思って読むかもしれない。しかし、嘘か本当かという事実よりも、こういうような文章を書くこと自体大変なことだと思う。

そこで副島氏が何故このような文章を書いたのかの理由を言葉で語ってもらうのが一番理解しやすいと考え、『ザ・フナイ』の編集長におことわりして、その心境を『ザ・フナイ』の掲載文から勝手ながら書き出してみた。

「植草氏はハレンチ罪ででっち上げられたのだとうことは、心ある人々は皆、分かっている。アメリカの日本管理責任者たちの指図を受けた連中がああいう凶暴なことをやるのだ、と分かっているのです。

そして皆、真実を語るのが怖いのです。今度は、自分がやられてしまいますからね。私だってこういうことを公然と書くと、いつ攻撃されるか分からない。でも私はもう覚悟しているのです。

私は、これまで自分の知ったこと、学んだことを土台にして、真実しか書かないと決めた言論人である。そのために自分に何が起ころうと覚悟している。このことに誇りを持って生きている。

私は自分を本当の愛国者だと思っている。だから、植草事件の真実を、恐れることなく世の中に向かって書かなければ気が済まない」


副島氏の心境が言葉で説明されている。著述業の身、真実が書きたくても書けないことがたくさんある。また、書いたとしても掲載する出版社がほとんどないというのも現実である。

それゆえ副島氏の勇気と正義感を称えると共に、このような文章を掲載する『ザ・フナイ』にも敬意を表したい。

そして、この様な副島氏の記述から正義感と真の愛情が伝わってくる。真の愛情をもって国を憂い、正義感を貫く人こそ真の愛国者だと思う。CIA配下のニセ右翼などは偽善の愛国者だ。植草さんに対する副島氏の愛情を私は「これこそが友愛」と鳩山首相に語りたい。

そして、もし真実が副島氏の主張通りなら、これは日本国民にとって大変な事件であり、このような記述を載せている『ザ・フナイ』は大変な月刊誌になる

面白いことに真実を求めて自分の足と眼で確かめる生粋の新聞記者出身の鈴木棟一氏は、会員の前で「植草さんは平成のジャンヌ・ダルクだ」と言い続けてきたことがある。昔なら火あぶりの刑になっているところ単なる痴漢の冤罪で済んでしまったとしたら、不幸中の幸いかもしれない。

つまり現代は汚名が晴れれば再度復活できるからである。その時は英雄になっているだろう。是非ともこの事件を真のジャーナリスト達が取り上げて、植草さんの汚名を取り除いてあげて欲しいと願う。さもなければ次の冤罪犠牲者が出てくるからだ。

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(続く)

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人権擁護安全保障連盟1

一般社団法人 人権擁護安全保障連盟のホームページができて、会員募集がはじまりました。人権擁護安全保障連盟が日本に出来た経緯について、今から3年前に発行された月間『ザ・フナイ』2010年1月号に博士が寄稿された記事がありますので少しずつ掲載したいと思います。

今回は船井幸雄氏との出会いと、月間『ザ・フナイ』に掲載するきっかけについて書かれています。

月間『ザ・フナイ』2010年1月号vol.28より
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ゴッホ・コード(浮世絵文字)の解読が世界を救う!

2009年(平成21)年8月20日、品川のグランドホテル新高輪において、船井塾の講師として招かれ「ゴッホの日本文字解読」の講演を行った。

講演時間は途中休憩を入れて4時間。これは私が要望した時間ではなく、主催者側からの要望であった。私にとって講演時間が長ければ長い程結構なことだが、一般的に3時間45分という時間は聴講する人にとっては長過ぎる時間であろう。

しかし、船井塾に参加する人達にはごく普通のようである。それ程、聴講する人達の真剣さとレベルの高さがうかがわれる。

というのも、この講演のきっかけは私の本のファンである黒木光廣氏の先輩である池田整治氏の紹介で2009年5月22日に船井幸雄氏と面談したことから始まる。

池田整治氏は陸上自衛隊の幹部であり、オウム事件の真相に直接携わった人である。空手道7段の保持者で、肩書きから強面の人を想像するが、実際は人の良い4児のお父さんである。

メルマガ「心のビタミン」のブログを発信しており、月間『ザ・フナイ』2008年4月号でも船井幸雄氏との対談が掲載されているので多くの人がご存じだと思う。

その池田整治氏から度々丁重なるお手紙をいただいている。いつも四季折々のメッセージが込められて情感のある人間的な文章が綴られている。そして重要なことは、彼のそのような人間的感性の面から食品や薬の危険性、新型インフルエンザの問題性などを根本的に訴えていることである。

時にして心を打つようなすばらしい文章で語ることもある。真摯に真面目な人で正義感の強い人だから私も彼の言葉を真摯に受け止めている。

しかも彼は30年前に出版した私の『七次元よりの使者』(某宗教団体の圧力によって絶版)の小説を国会図書館から全文コピーして愛読してくれている人だから、私も頼もしい味方が増えたと喜んでいる。

そのような人が参加する船井塾だからレベルが高いのも当たり前だろう。本来ならこういう塾では宇宙の話や生命論を講義したほうが私の本領が発揮されていいものだが、私の今の立場ではゴッホと日本の関係、そしてそこからこれからの日本人がどう歩むべきかを講義するほうが精一杯というか、基本的な立場なのである

講演後の反響は大きかった。しかし残念ながら、船井幸雄氏は体調が思わしくないということで退席されていたので、違った形でもいいから是非ともゴッホと日本の関係の話を聞いて欲しいと思った。

というのも、船井氏は、今の日本を本来の日本、独立した日本に戻すために重要な方だからである。幸いに月間『ザ・フナイ』から執筆依頼と船井幸雄氏との新年号での対談の申し出があった。

この機会を通してゴッホが憧れた江戸時代の日本がいかに西欧の文化、政治、経済までにも大きな影響を与えたのかを『ザ・フナイ』を通して日本人に再認識してもらえればと思った

このような考えに至ったのも、5月22日に船井幸雄氏と会ったことが発端であった。はじめに黒木氏や池田整治氏から「ゴッホについて、船井先生のところで講演しませんか」という話があった。会員数も多く影響力も大きいという話であったが、正直言って私は船井幸雄氏の名前も、船井氏が創立した船井総合研究所のことも存知上げていなかった。

そこで船井幸雄氏とは一体、どういう方なのかと興味が湧いた。知人や若い女性にも聞いてみると皆が”有名な人”と口々に言うから私は正直驚いた。知らないのは私だけのような気がしたからである。

ある知人が言うには、”船井総研は、経営コンサルタント業で世界最初の上場を果たした会社、船井幸雄は最近では精神世界の分野では超有名”だとのこと。

企業のコンサルタント業務と精神世界の橋渡し・・・・・・この両者は一般ではそれぞれ全く別のものとして理解しがたい組み合わせだろうが、企業と企業の橋渡しをまじめに考えたら企業と企業を結びつけるものは金ではなく、人間性の信頼関係だと気付くだろう。

とすれば、船井幸雄氏はその人間関係を発展させるために人間づくりに人生をかけた結果が精神世界や真実世界とのコンサルタント、もしくはコンタクトになったと私なりに勝手に理解した。

そこで、ともかく船井幸雄氏が出された本を探しに東京八重洲ブックセンターに行ってみると、本があるわあるわで、どの本を買って読めばいいのかと悩むほどだった。それでも興味深いタイトルの本を4~5冊位買って読んでみた。

素直な感想は有名人でお金持ち(失礼!)の人の割には懐疑心がなく、人の意見を素直に聞いて評価する人だと思った。写真でお顔を見るとお寺の豪快な和尚さんに見える。

日本の大企業のトップが皆こんな人達だと日本ももっともっと良くなると考えるほどである。そんな訳で東京の船井本社で船井幸雄氏と面談したけれども、最初に池田整治氏が私の小説のコピー、それも分厚いコピーの束から赤線で引いた箇所を示しながら、「30年以上前にもう既にこんなことを書いているのですよ」と私の前で述べられるのには苦笑した。

船井幸雄氏は終始ニコニコして少々の驚きを示しながら私の話を聞いていた。そして月間『ザ・フナイ』での対談を提案してきたので、私も『ザ・フナイ』の使命を感じ取り、そのような理解のもとで『ザ・フナイ』の掲載原稿と船井幸雄氏との対談を快諾した。

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(続く)



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